日記・コラム・つぶやき

映画とテレビ、映画「赤ひげ」とテレビ「バラエティ」と小石川植物園

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映画「赤ひげ」(黒澤明監督)

出演は、三船敏郎、加山雄三、志村喬、香川京子、笠智衆、杉村春子、山崎努、二木てるみ、香川京子、山崎努など。

主人公の「赤ひげ」先生は、ブラックジャック、ルパン三世、そして晩年の寅さんのよう。

素直に憧れてしまうが、こういったタイプの人は、最近とんと世の中の表に出てこなくなった。

ひょっとしたら、これほどの人物はいなくなったのかもしれないが、おそらくは、現在も、それに近い人がどこかで暮らしているに違いない。

が、社会の表にはなかなか出てこないようである。

おそらく現在、「赤ひげ」先生が暮らしていたら、どんな風になるか。

例えば、「赤ひげ」先生が、テレビ取材などを受けたらどうなるだろうか。

若いタレントがのこのこととやってくる。

そして、そのタレント、バラエティ風の笑いをとろうと必至になり、

「先生、髭が赤いです。」「いや~、立派な方です~。」みたいなのりで、テレビの画面には大袈裟なテロップが入る。

そして、そこには、アフレコで「笑い声」。

現在のテレビはそういうのりだ。

そういった現在のテレビ・バラエティ番組の制作のあり方について、

「テレビはなぜ、つまらなくなったのか スターで綴るメディア興亡史」で、色々な人が意見を述べている。

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テレビに映像の主導権を奪われ、追い込まれていく映画業界。

映画が勢いを失ったのはテレビが普及してから。

それは、誰もが知っている現実だ。

だが、そのテレビがつまらなくなって久しい。

大橋巨泉氏は、この本の中で、「現在のテレビは、何時間も録画しておいて、タレントに何時間も話させて騒がせて、後から面白そうなところをピックアップしてテロップをいれる。」

だから「つまらない」といった趣旨を述べている。

映画「赤ひげ」の公開は1965年。映画業界がテレビに経済的に追い込まれてながらも、まだ抵抗を続けていた頃である。

だから、映画「赤ひげ」には、テレビ映画(テレビ局がつくる映画を業界ではそう呼ぶことがある)の臭いがない。

さて、映画「赤ひげ」の話に戻る。

映画の舞台は江戸の小石川養生所(現在の小石川植物園

ちなみに、撮影はほとんどセットで行われている。

当時、テレビに追い込まれた映画業界はその制作コストを負担できなくなってきていたという。

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写真は、小石川植物園で撮影。

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映画「用心棒」とガンジス川

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映画「用心棒」(黒澤明監督)

出演は、三船敏郎、東野英治郎、山田五十鈴、加東大介、仲代達矢他。

映画の始まりの頃のシーン、犬が人の手首を咥えている。

それを見て、私はインドのバナラシー(ベナレス)、ガンガー(ガンジス川)での出来事を思いだした。

もう10年以上前の早朝。

私はガンガーという、日本では見ることが出来ないような大河の上に浮かんでいた。

小さな手漕ぎボートにインド人2人(一人は船の船頭)と一緒、3人でボートに乗っていた。

ふと川岸を見ると、急な斜面に人が倒れていて、その人(亡くなった人)の手足を犬が食っている。

その時の驚きを言葉に表すことは難しい。

だが、小さな手漕ぎボートに一緒に乗っていたインド人は、平然と言った。

「ガンガーで死にたかったんだが、もうちょっと、たどり着く前に果てたんだろう。」

そして、「ガンガーは聖なる河。この河であの世に行けば、極楽へ行ける。」

だから、「ガンガーにいるお前は、ラッキー。幸せ者。」だとか言い始めて、ガンガーの水(死体が流されているせいか、とても濁っている。)を私の頭にかけた。

「えっ、、汚い。」

思わずよけようとしたが、彼は、妙なお祈りを唱えながら、何度もその河の水を私の頭にかけてくる。

”もういい。もうボートから降りたいよ。”

心の中で、子供のようにそう思っていた。

ようやく宿に戻る。

あーあ、疲れた。

それから、2時間ぐらい後。朝食の時間だ。

ガンガーで一緒だったそのインド人と2人でブレックファスト。(何故か、彼が「ジャポネー、ブレックファスト。」といって、宿にきた。いったい何がどうなっているのか、よくわからない。参りました。)

ブレックファストは屋上のテラスらしい。屋上に上がる。だが、私は何も食べる気にならない。

すると、そのインド人は

「スマイル。」と、自分の口の端と端を両手で上につり上げながら、私に笑顔を促した。

そして、「人はいつか死ぬ、ライフ・イズ・ベリー・ショート。さっき見たじゃないか。お前は生きているんだから、エンジョイ。ハッピー。ユー・アー・ハッピー。ベリー・ハッピー。」と気負いもなく、ただただ普通に言っている。

でも、こちらは、食べ物がなかなか喉を通らない。

さっき見た光景が、瞼に焼き付いて離れないのだ。

さて、映画に話をもどす。

映画「用心棒」、始まりの頃のシーンを見ながら、そのことを思いだしたのだ。

おそらくは、映画「用心棒」を見ながら、インドをガンジス川を思いだすような人は、ほとんどいないに違いない。

映画を見ると、誰もが自分の過去を重ねてしまうのだろう。

だから、映画というものは、見た人全員がぜんぜん違った見方をしている。

それゆえに映画は奥深い。

映画の感想は人それぞれ違っている。

だから、その感想を聞くことが楽しいのだ。

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映画「嫌われ松子の一生」とビートルズ「アビイロード」の「ジ・エンド」、そしてホイットニーヒューストン

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映画「嫌われ松子の一生」(中島哲也監督)

出演は中谷美紀 他。

映画は、ミュージカル風にできあがっている。

解説によると、松子の「奇妙なつくり顔」は、原作にはないそうだ。

映画の中で、甥っ子が叔母さんである松子の生き方を、

「最後までとことん不器用で、とことん不幸せだったこの人を、神様だと(りゅうさんは)いった。人を元気づけ、人を愛し、だけど自分はいつもぼろぼろに傷つき孤独で、ファッションも全然いけてないけど・・・」などといっている。

また、「人間の価値って、人に何をしてもらったかでなく、人に何をしてあがたかだよね。」

というセリフがこの映画に何度もでてくる。

「意味無いね、生きてることが意味無いね。」などと松子はどんどんと追い込まれている。

だから、映画の挿入歌には「どうすれば私、愛される子になれるの?」などという歌詞もある。

おそらくは、現代という時代を、図らずも映し出した映画で、2006年(公開)がどういう時代だったのか、この映画をみれば知ることが出来るだろう。

一方、ビートルズのアルバム「アビイロード」

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その中にある「ジ・エンド」という曲。

歌詞には、「結局、きみが受け取る愛は、君が産み出す愛に等しい。愛とは自分自身で産み出すもの」とある。

映画「嫌われ松子の一生」とビートルズの「ジ・エンド」の見解は似ているようでどこか大きく違っているといっていいだろう。

この二つの考え方、どちらの考えをとるかは、もちろん個々人の自由にゆだねられている。

この映画を見て、

ホイットニーヒューストンだったか、かすかな記憶だが、

「まず、自分を愛すること(自己嫌悪を乗り越えて、自分の良いところに気づこうという意)。それがなければ他人を愛することはできない。始まりは自分への愛。」といった意味の歌詞を思いだした。

ちなみに、映画のエキストラは、松本市、高崎市、佐原市、中之条町のみなさんなど。

ロケ協力は、伊勢崎市(伊勢崎の駅舎など)、佐原市、松本市経済部観光温泉課ロケ支援室、信州上田フィルムコミッションなど。

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日本映画について、映画「雨月物語」のロケ地など、溝口健二監督の内弟子であった宮嶋八蔵氏のブログから

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溝口健二監督の「雨月物語」

1953年のベネチア国際映画祭で銀獅賞と監督賞を受賞している。

出演は、京マチ子、、田中絹代、森雅之 他

溝口健二監督は、黒澤明監督、小津安二郎監督と日本映画の三大巨匠と並び称されていることは、映画ファンならば誰もが知っていることである。

その溝口健二監督の代表作の一つである「雨月物語」について書かれた、まるで博物館にあるような一級資料のすごいブログをみつけた。

それは、宮嶋八蔵氏のブログ

「雨月物語」で助監督をされた宮嶋八蔵氏しか知り得ない「雨月物語の時の準備メモ」などが掲載されている。

撮影に当たっての時代考証、衣装、並びにセットのことなどが、撮影当時の台本や大学ノートなどを用いながら説明されている。

それによると、ロケ地は

伏見の裏山(窯と源十郎の家)

琵琶湖の芒ヶ原(市場から朽木屋敷へ焼き物を届けるシーン)

琵琶湖畔のワカモト(消化剤の製薬会社)の社長の別(荘芒が原の宴)など。

また、船路のシーンはセットだったそうで、

その船路のシーン、あの小津安二郎監督から

「どこでロケーション撮影をしましたか」という問い合わせの電話が入ったそうである。

ロケではなくセットであったと誰もが気がつかなかった。

まさに、撮影スタッフの技の結晶であったといえるだろう。

(ちなみに、これらのことは宮嶋八蔵氏のブログに掲載させている。)

なお、その宮嶋八蔵氏のブログに下記のような記述があった。

「今の映画のように手ごめをする所をそのままズバリ見せない。それは、そういうものの中に作品の品位を失わせるものがある。それよりも、侵された事を観客の思考を刺激して想像させたほうがずーと強烈で刺激も強い。」(抜粋)

また、

「直接的な表現を避けて観客の思考に委ねるのは自信と勇気と決断が要ります。観客の知性を信頼するからこそ出来るものです。」(抜粋)

映画というものの深みを感じる名言で、

映画を制作する側ではなく、むしろ映画を鑑賞する側に投げかけられた言葉といえるのでご紹介しておきたい。

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「映画が見た東京」、映画「書を捨てよ町へ出よう」のロケ地は東京

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映画「書を捨てよ町へ出よう」(寺山修司監督)

美輪明宏さんが出演され、偉才を放っている。

若さというやり場のないエネルギーが満ちあふれたいわゆる実験映画。

寺山修司さんが初めて監督した1971年の長編映画。当時の社会を映し出している。

また、時代を突き動かす空気というもの。それが、ある意味で個人を追い込んでいくものであるということを否応にも感じてしまう作品だ。(だから、疲れる作品。)

そして、当時の東京の空気を感じることができる作品。

映画の中身について言えば、

「ひょっとすると、この映画に登場する時代の空気は、その次の時代に、”しらけるということ”を身につけさえたのかもしれない。」

(「しらけ世代」は、この時代の青臭い理屈の無意味さに対するアンチテーゼが生んだのではないか。)

例えば、学生時代の部活など、学校の先輩から受ける様々な影響は案外に理不尽なもので、その影響は一時的には避けられない。(もっと上の世代なら全く違うアドバイスをするだろうに、ちょっと年上の先輩(まだ子供)が、聞くに堪えない青臭い説教を、少し年下の後輩(同じような子供)にしたりしている。これはいつの時代も同じである。)

当時の青年たちは、「戦争に負けた大人たち」を小馬鹿にしながら、「戦争に勝った敵国」にも反発している。

だから、この映画に漲っている「戦争に負けた国の苦しみ」の行き場がどこにもみつからない。

その自己矛盾こそが、青年どうしで空虚な理屈を言い合うエネルギーを生み出す源泉だったのかもしれない。

そういったことに対する反動が、その後の「しらけ」だったり、「ひょうきん」というかたちになっていたのではないか。(いいかえれば、1970年代の終わり~1980年代にかけての「ガラスのジェネレーション、さよならレボリューション」)

このような、そういう鬱屈した1970年頃の空気を、リアルなものにすることに成功させているのがロケ地としての東京だ。

おそらく、高田馬場とか池袋とかの近くだろうか。

都電が走っている。

映画の中のセリフが確かならば、主人公一家が住むアパートは「新宿区戸塚一丁目」あたり。

ロケ撮影のリアルな映像が、この実験映画に現実味を与えているのだ。

この映画、東京国際映画祭(2007年)の「映画が見た東京」で上映される。

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1市町村1ドラマ(岩手県東和町「牛とコスモス」のDVDから)

岩手県東和町(現:花巻市)の「牛とコスモス」

DVDが3,500円で手にはいる。(花巻市の東和町に連絡すると)

Photo

この作品は町民による手作りテレビドラマである。

映像から町の人たちが一生懸命に製作している様子が伝わってきて、心温まる素朴なドラマ。

考えてみると、こういった映像製作は、税金の使い方としては悪くない。

建設プロジェクトの初期投資(建設費)はライフサイクルコストのおよそ15%、せっかくつくった施設なのだが、残念ながら徐々に劣化がすすみ維持管理費がかかる。

さらに、最後には取り壊しの費用までもがかかる。

それらの費用はライフサイクルコストの85%にも及ぶ。

だが、これまではライフサイクルコストを考えず、全国各地に次から次へと、いわゆる「箱もの」ばかりが出来上がってしまった。

一方、町民が製作したドラマはというと、維持管理に特段コストがかかるわけではなく、古くなっても価値はさがらない。

むしろ、土地の貴重なアーカイブスの一つとして価値があがっていくのではないか。

「1市町村1ドラマ」

各地の作品を他にも見てみたい気がした。

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第九の日~「バルトの楽園」のBANDOロケ村

徳島県鳴門市では6月1日を「第九の日」と定めている。

毎年、6月第1週の月曜日(今年は6月3日)には、第九の演奏会が開催されるといいう。

1918年6月1日、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所の兵舎バラッケ第一棟において日本で初めてベートーベン交響曲第九番が全曲演奏された。

そして、板東俘虜収容所を舞台にした映画「バルトの楽園」でロケセットがBANDOロケ村で、鳴門市の大麻町板東広塚にある。

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その他にも鳴門市には、鳴門市ドイツ館、ドイツ公園などがあり、ドイツ軒というパン屋さんもあるそうだ。

ドイツ軒というお店は、初代がドイツ兵の俘虜達から製法を教えてもらったお店らしく、本場ドイツの職人さんが太鼓判を押す「ドイツパン」をつくっている。

それから、「復元ソーセージ」も鳴門市で食べられると聞いた。

約90年前に板東収容所でつくられていたソーセージを再現したものだそうで、映画「バルトの楽園」は鳴門市の一部になっている。

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ドキュメンタリー映画「戦争をしない国日本」の上映会

ドキュメンタリー映画「戦争をしない国日本」を上映会で見た。

見ながら、ずっと前にマイケルムーア監督の「華氏911」を映画館で見たことを思い出した。

それから、靖国神社の遊就館で「私たちは忘れない!」など、いつくもの映画を見たことも。

映画が終わり、帰ろうとすると、

「それでは映画の感想(コメント)を一人一言、お願いします。意見交換をしてください。」などというシチュエーションが用意されていた・・・・・。

「えっ、そんなの聞いてないよ。映画見に来ただけだよ。困っちゃうな~。」

頭の中を、ドキュメンタリー、プロパガンダ、ジャーナリズム、そういった言葉がよぎる。

そしていつのまにか自分の番だ。

で、ふと気がつけば、「あんまり政治には興味が無くて・・・」などとコメントしている自分がいるではないか。無責任なことを言っている。

続けて、「映画に興味があって参加しました。」

「チャップリンが好きです。」

などと、おそるおそるコメントしている自分がいた。

そう言いながら、

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とか

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を思い出した。

(追記)

それから、「平和を保つのは憲法ではありません」というブログをみつけた。

どうも、いよいよ、改憲が身近な問題になってきたようだ。

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ニューシネマパラダイスと映画

(パパラギと映画の続きのつづき)

イタリアのシチリア島を舞台に映写技師の中年男(アルフレード)と父親を戦争で失った映画好きの少年(トト)の絆を描いたニューシネマパラダイス。

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この映画で映画ファンになった人も多いはずである。

その映画「ニューシネマパラダイス」に、青年になったトトと老年にさしかかったアルフレードの印象的な会話がある。

アルフレードがトトの恋愛の相談役になっていて、意味深いアドバイスをしている。

それを聞いたトトは、

「それは(どの映画の)誰の台詞?」と聞く。

すると、アルフレードは

「私の言葉だ。人生はおまえが見た映画とは違う。人生はもった困難なものだ。行け、ローマへ戻れ。」

と我が子のように可愛がっていたトトを突き放すのである。

パパラギでは映画を”にせもの”と皮肉っていたが、”にせもの”の映画と”ほんもの”の暮らしには、その境があるようで無い。

映画は奥が深い。

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夢×挑戦ブログ挑戦報告(4月)

アカデミー賞は1927年~1928年が第一回で、作品賞は「つばさ」、監督賞は「フランク・ボーゼージ(第七天国)」、主演男優賞は「エミール・ヤニングス(肉体の道、最後の命令)」、主演女優賞は「ジェネット・ゲイナー(第七天国、サンライズ)」である。

最近の作品はレンタルで見られるが、古いものはなかなかむずかしい。

でも、見逃した古い名作を少しずつ見ています。

夢×挑戦ブログ参加中

『夢×挑戦ブログ』挑戦の報告

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パパラギと映画

パパラギは文明国といわれる人たちのこと。

ツイアビは約80年前にヨーロッパを旅したサモアの島の酋長。

はじめて文明を見た南の島の酋長ツイアビが話したことをまとめた書物「パパラギ」に、「にせものの暮らしのある場所。それを映画館と呼んでいる。その場所を説明するのはむずかしい。・・・・・」とある。

また、

「ほんとうの命をもたないにせものの絵を自分の心に引き寄せることがパパラギの大きな楽しみだ。・・・」などとも書かれている。

そして、

「パパラギはにせものの暮らしを楽しむ。そのために本当の暮らしを忘れてしまうほどだ。」などとシニカルに批判している。

この「パパラギ」をずっと前に読んだ。

そして、映画について述べたこれらのシニカルな部分が、とても印象に残っていた。

だが、はたして映画は”ほんとうの命をもたないにせもの”といとも簡単にいいきっていしまってよいものなのだろうか?

(つづく)

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世界一有名な映画館「チャイニーズシアター」。

館内からは外がまぶしい。

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世界と日本のフィルムコミッションについて

日本における映画産業の経済的効果、及び文化的価値に対する認識は世界各国に比べて相当に低いといわざるを得ない。

日本の全国各地のフィルムコミッション、ロケーション撮影の誘致をするのであれば、まずはそのことをしっかりと認識する必要があるのではないか。

それが、世界各国が参加するロケーション・トレードショーに参加した、素直な感想である。

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サンタモニカで撮影

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