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2007年12月27日 (木)

台湾と日本、映画「悲情城市」と司馬遼太郎「街道をゆく(40)台湾紀行」、映画の舞台は基隆(Keelung)など、ロケ地は九分(Jiu Fen)など。

悲情城市 DVD 悲情城市

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映画「悲情城市」(侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督)

英語の題名は「A CITY OF SADNESS」

ベネチア国際映画祭金獅子賞。台湾の金馬奨で最優秀監督賞と主演男優賞を受賞。

そして、台湾といえば、司馬遼太郎の著書「街道をゆく(40)台湾紀行」

街道をゆく (40) Book 街道をゆく (40)

著者:司馬 遼太郎
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台湾というと、まず思い浮かぶのがこの名著だ。

台湾は日本と同じ島国。

たとえば、沖縄の与那国島などに行ってラジオを聞けば、台湾の放送がはっきりと聞こえてくる。

それだけでも台湾に親近感がわいてくるのだが、書籍「街道をゆく(40)台湾紀行」を手にすると、台湾は友だちなんだという気がして、なんだかうれしくなってくる。

だから、映画「悲情城市」の”1945年に太平洋戦争終戦を告げる玉音放送が台湾で流れるシーン”は印象的だった。

その時、台湾が望んでいなかったとしても台湾は確かに日本だったし、逆に言えば、日本は現在よりももっと多民族国家であった。

映画のシーンでは、台湾の暮らしが日本風である。

畳に床の間、障子があり、日本らしい家具も揃っている。

現在の都会化した日本よりも日本らしさが感じられた。

映画は、太平洋戦争後に、中国大陸から渡ってきた外省人が、民主化を求めた大衆を虐殺した1947年の「二二八事件」などが描かれていて、台湾の歴史を知ることができる作品となっているが、書籍「街道をゆく(40)台湾紀行」を読んでから鑑賞するともっといいかもしれない。

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写真は、戦前に日本政府が建設した(焼失し戦後に修復)ルネッサンス様式の総督府。

(かつての台湾総督府)

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写真は「二二八記念公園」。台北駅の近くにある。

ちなみに、映画の舞台は台湾の基隆(Keelung)など。ロケ地は九分(Jiu Fen)など。

「悲情城市」のロケ地については、こちらのサイトに写真付きで紹介されている。

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写真は「基隆港」

日本からの客船が到着する海の玄関口で、与那国島はすぐ近くだ。

これらの写真は数年前に撮影したもの。

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