宮崎駿・高畑勲の映画「柳川堀割物語」のロケ地、福岡県柳川市、熊本県矢部町、長崎県島原市、福岡県星野村、福岡県朝倉町、有明海など
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柳川堀割物語 販売元:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント |
映画「柳川堀割物語」(高畑勲監督)
高畑勲氏が脚本・監督、宮崎駿氏が製作の実写映画。
アニメーションによる解説だけでなく、実写の映像もジブリ作品のタッチが感じられて、実写がアニメのようでどこか不思議な作品だ。
不思議なのはそれだけではない。
1985年から1986年にかけて撮影された約20年前の作品だが、昭和60年頃の人々の顔つきと平成19年の今の顔つき、ずいぶんと違ってみえる。
もし、映画が撮影された当時の人が、突然にタイムマシーンで現在に舞い降りたら、その国が同じ日本だと思わないのではないか。
それほど、髪型などにとどまらず、おそらくは内面が変わったのだろう、顔つきが違っているのである。
さて、映画の中身はというと、水とともに暮らす人々を描いたドキュメンタリー作品。
3時間近くある長い映画で、最後まで見るのに根気がいるのだが、逆に言えば、様々な話がちりばめられている。
ちなみに、そのなかに「まちづくり」の話がある。
そのまちづくりのストーリーはこんなかんじだ。
「国・県・市は、堀割をコンクリートで封じ込める計画であったが、その当時、市役所の係長であった広松伝(つたえ)さんという方が、自ら河川浄化計画・水路再生計画を立案し、かつての美しい堀割を甦らせた。」というのである。
文章にすると簡単なようだが、役所の一係長が国と県が旗を振り、市議会も議決した後の施策を振り出しに戻したのだから、大変な話である。
柳川で生まれ育った広松さんは、「川とよりを戻したい」と、冊子「郷土の川に清流を取り戻そう」を500部刷り、100回を超す住民懇談会などを通じて、市民参加による清掃を復活させた。
「便利さばかり」を重んじる時代に、あえて「川との煩わしいつきあい」を取り戻したのだが、おそらくは、潜在的に住民たちもそうしたいと思っていたし、歴史的に川を通じて住民の連帯感と自治意識が眠っていたから、それが実現したのだろう。
結果をみれば、それまでの国や県が考えていた下水道を整備し堀割を暗渠にする計画よりも1/5のコストしかかからなかった。
しかしながら、「県の担当者は、”川は棄民の共有財産とは何事か。川は国や県のものである。”と目くじらをたてた。」らしい。
この出来事は、現代に生きる柳川市民が未来に残した遺産であり、子孫たちはそれを成し遂げた先祖たちを誇りに思うに違いない。
映画は、水と人々の暮らしを様々な角度から映し出している。
(粉石けんの普及活動、水落ち(堀割の水を一度無くしすこと)における魚(鯉、鮒、ハヤなど)採り、川祭り、水天宮祭りなど)
水は地域を越えていて、そのロケ地は柳川市にとどまらない。
ロケ地は、
その堀割を復活させた福岡県柳川市
それから、水と関わりの深い
熊本県矢部町(通潤橋)
(ちなみに、通潤橋は、水不足の白糸台地の村々に水を供給するために建造された。橋の通水管(3本ある)は現在も使用されている。約100ヘクタール以上の水田を潤しているそうである。)
長崎県島原市(武家屋敷、湧水)
武家屋敷で撮影。すばらしい景観。
福岡県星野村(棚田)
福岡県朝倉町(三連水車)
有明海の干潟や矢部川など。
また、ロケ隊は沖端(おきのはた)川の民家を借りたという。
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