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2007年4月 8日 (日)

「ハリウッド市の生い立ち」

映画の都、ロスアンゼルスのハリウッドにいると、ロケーション撮影ということが、映画製作の一部分に過ぎないということを否応がに実感させられる。

この都にはありとあらゆる映画産業が集積していて、その裾の広さは街のレストランにまで及んでいる。

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(写真は有名な「ハリウッドサイン」、ハリウッド&ハイランドで撮影)

なぜこの土地が、世界的な映画の一大集積地になったのか。

調べると、意外にも禁酒が関係しているようである。

ハリウッドには禁酒主義の人が多く、ハリウッド市が最初に制定した条例が酒場の営業時間を制限したらしい。

1911年、ニュージャージーの映画会社が、この条例ですっかり寂れた酒場に目をつけた。そのひなびた感じが西部劇のロケ地にぴったりだったからだという。

そして、その翌年の1912年には、ユニバーサル映画の創設者であるカール・レムリがこの土地に事務所を構えた。

つまるところ、ハリウッドはもともと映画(西部劇)のロケ地であったのである。

また、この土地が雨に降らない過ごしやすい気候であることも大きいようである。

今では、アメリカのイメージそのものの、派手でユーモラスな看板で覆い尽くされた街並みも、約120年前には家が数軒しかなく豆畑とかレモンやオレンジなどの果樹園が広がっていたのである。

土地の人に写真を見せてもらったが、確かに一面にただただ畑が広がっていた。

とにもかくにも、この土地がハリウッドと名付けられたのは1887年のことだというから、ハリウッドの街はちょうどラスベガスのように忽然と出現したといっていい。

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「派手さ」とは何か、以前からうまく説明できないのだが、ここハリウッドにくれば「派手さ」とはこういうことであると肌で実感できる。
(写真はハリウッドの中心部で撮影)

(ハリウッド2に続く)

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