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2007年4月20日 (金)

「長崎ぶらぶら節」のロケ地を訪ねて

一方、ロケ地もそれを観光資源として活用しようと、様々な取り組みを行っている。

例えば、長崎県観光連盟や長崎国際コンベンション協会が、「愛し君へ」、「解夏」、「精霊流し」、長崎ぶらぶら節」、「69」などのロケ地を紹介した観光ガイドマップを発行している。

私もそれを手にして、長崎市のまちをぶらぶらと巡ったことがある。

写真は、その時に撮った「長崎ぶらぶら節」のロケ地である。

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身代わ天神として有名な「梅園身代り天満宮」の案内看板。花街に接していることから、遊女や芸者さんが多く参拝していた。

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ロケ地巡りの案内図(梅園身代わり天満宮に設置されているもの)

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狛犬の口になぜか飴玉がたくさん入っている。横にある手書きの解説を見ると、「梅園天神の歯痛狛犬」とある。

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読むと、「江戸時代の天保11年に奉納され、願いを必ず叶えてくださることで、多くの人々に親しまれています。」というようなことが書いてあった。また、「歯の痛みがある者が、狛犬さまの口に水飴を含ませると、たちまち痛みを取ってくださるそうです。」とあり、その屈託のない明るさが可笑しかった。

おそらくは、「身代わりに、狛犬に虫歯になってもらおう」という企みであろうか。

江戸時代にこの地で暮らした遊女や芸者さんたちの明るい笑い声がどこかからともなく聞こえきそうである。

苦しみをいっぺんに喜びに昇華するようなこういった「お侠(おきゃん)」の粋は、いったいどのような形で、どこから生まれてくるのだろうか。

この無邪気さ、朗らかさは、長崎市丸山町という花街が築いた文化であり、このような生活の知恵は、どんな時代にも失ってはならない、現代を生きる我々にとっても掛け替えのない財産では無いかと思う。

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