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2007年4月

2007年4月30日 (月)

日本のフィルムコミッション(九州)

北九州フィルム・コミッションhttp://www.kitakyu-fc.com/

福岡フィルムコミッションhttp://www.fukuoka-film.com/

ながさき観光地映像化支援センターhttp://www.nagasaki-tabinet.com/fc/

天草フィルム・コミッションhttp://www.amakan.ne.jp/afc/top.html

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日本のフィルムコミッション(中国)

神戸フィルムオフィスhttp://www.kobefilm.jp/

晴れの国OKAYAMA映像羅針盤http://www.rashinban.info/

姫路フィルムコミッションhttp://www.city.himeji.hyogo.jp/fc/

倉敷フィルム・コミッションhttp://kankou-kurashiki.jp/fc/index.htm

笠岡諸島フィルムコミッションhttp://www.shimazukuri.gr.jp/fc/

松江フィルムコミッション協議会http://matsue-film.jp/

広島フィルム・コミッションhttp://www.fc.hcvb.city.hiroshima.jp/

おのみちフィルムコミッションhttp://www.city.onomichi.hiroshima.jp/shoukou/film/ofc.html

フィルム・コミッションみはらhttp://www.city.mihara.hiroshima.jp/film/index.htm

下関フィルム・コミッション http://www.shimonoseki-fc.jp/

萩ロケ支援隊(フィルム・コミッションhttp://www.city.hagi.yamaguchi.jp/fc/

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日本のフィルムコミッション(四国)

徳島県ロケーション・サービスhttp://ourtokushima.net/tls/

香川フィルムコミッションhttp://www.21kagawa.com/kfc/

えひめフィルム・コミッションhttp://www.pref.ehime.jp/ehimefc/

アジア・フィルム・ネットワーク(AFN)http://homepage.mac.com/afn/

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2007年4月29日 (日)

日本のフィルムコミッション(北陸)

にいがたロケネットhttp://www.niigatalocation.net/

上越フィルムコミッションhttp://www.city.joetsu.niigata.jp/kankou/film/film_top.html

ぬながわフィルムコミッションhttp://www.fsinet.or.jp/~nunagawa/pages/fc_site/fc_index.html

高岡フィルムコミッションhttp://www.takaoka.or.jp/fc/index.html

金沢フィルムコミッションhttp://www.k-fc.jp/

越前・加賀フィルムコミッションhttp://www.ideyu-fc.jp/

福井フィルムコミッションhttp://www.city.fukui.fukui.jp/kankou/commission/

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日本のフィルムコミッション(近畿)

伊勢志摩フィルムコミッション http://iseshima-fc.jp/

滋賀ロケーションオフィスhttp://www.shiga-location.jp/

舞鶴フィルムコミッションhttp://www.maizuru-kanko.net/fc/

京都市ロケーションヘルプデスクhttp://raku.city.kyoto.jp/location/

大阪ロケーション・サービス協議会http://www.osaka-fc.jp/

フィルムコミッション奈良県サポートセンターhttp://yamatoji.pref.nara.jp/fc-nara/

きのさきフィルムコミッションhttp://www.kinosaki-fc.jp/

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日本のフィルムコミッション(首都圏)

埼玉県ロケーションサービスhttp://www.sainokuni-kanko.jp/fc/index.html

九十九里ロケーションサポートhttp://www.99ls.com/

千葉県フィルムコミッションhttp://fc.ccb.or.jp/

銚子フィルムコミッションhttp://www.city.choshi.chiba.jp/fc/

東京ロケーションボックスhttp://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/tlb/index.html

NPO法人日野映像支援隊http://hino-film.hp.infoseek.co.jp/

横浜フィルムコミッションhttp://www.welcome.city.yokohama.jp/film/

逗子フィルムコミッションhttp://zfc.dip.jp/ZFC/index.php

湘南藤沢フィルム・コミッションhttp://www.cityfujisawa.ne.jp/kankou/film-c/

相模原フィルムコミッションhttp://www.sagamihara-fc.jp/

あつぎフィルムコミッションhttp://www.atsugi-fc.jp/

西さがみ連邦共和国フィルムコミッションhttp://www.city.odawara.kanagawa.jp/fco/index.html

あいかわフィルムコミッションhttp://www.town.aikawa.kanagawa.jp/fc/fc.html

フィルムコミッションあしがらhttp://www.fc-ashigara.com/

わたらせフィルムコミッションhttp://www.watarase-fc.com/

茅野フィルムコミッションhttp://www.kankou-hadano.org/hadano_fc/hadanofctop.html

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日本のフィルムコミッション(中部)

信州上田フィルムコミッションhttp://www.ueda-cb.gr.jp/fc/

松本市ロケ支援

http://www.city.matsumoto.nagano.jp/daisuki/roke/index.html

塩尻・木曾フィルムコミッションhttp://www.filmcommission.jp/

諏訪フィルムコミッションhttp://www.suwafc.com/

富士の国やまなしフィルムコミッションhttp://www.pref.yamanashi.jp/fc/

フィルム・コミッション伊豆,http://www.fc-izu.net/

なごや・ロケーション・ナビhttp://www.ncvb.or.jp/location/

日本ラインフィルムコミッション連絡協議会http://www.ylw.mmtr.or.jp/~inuyama/fc/

フィルム微助人(ビスケット)http://befilm.org/rokemap/

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日本のフィルムコミッション(関東)

いばらきフィルムコミッションhttp://www.ibaraki-fc.jp/

妙高高原フィルム・コミッションhttp://www.myoko.tv/fc/

那須フィルム・コミッションhttp://www.nasukogen.org/nasufc/

嬬恋村フィルムコミッションhttp://www5.wind.ne.jp/tumagois/tumagoi-fc-renew/top.html

高崎フィルム・コミッション http://www.takasaki-film.jp/

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日本のフィルムコミッション(北海道・東北)

日本のフィルムコミッションの全国的な連絡組織がある。

全国フィルム・コミッション連絡協議会である。アドレスはhttp://www.film-com.jp/

国内にも約100のフィルムコミッションがあるのだが、現在95のフィルムコミッションが加入している。

こちらのページから加入しているフィルムコミッションのリストがあり、連絡先を知ることが出来る。

例えば、北海道や東北には、

北海道ロケーションサービス

http://www.pref.hokkaido.jp/keizai/kz-ksnko/900.fc/fc/index.htm

小樽フィルムコミッションhttp://www.city.otaru.hokkaido.jp/otarufc/

さっぽろフィルムコミッションhttp://www.plaza-sapporo.or.jp/fc/

旭川地域フィルムコミッションhttp://www.asahikawa-cb.gr.jp/film/index.htm

はこだてフィルムコミッションhttp://www.city.hakodate.hokkaido.jp/fc/

盛岡広域フィルムコミッションhttp://www.morioka-fc.com/mfc/

弘前フィルムコミッションhttp://www.hirosaki.co.jp/fc/

せんだい・宮城フィルムコミッションhttp://www.sendaimiyagi-fc.jp/

かくのだてフィルムコミッションhttp://www.hana.or.jp/~film_com/

会津若松フィルムコミッションhttp://www.fc.a-vst.jp/

などがある。

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世界のフィルムコミッション(リスト1)

フィルムコミッションの歴史はそれほど古くはないのだが、今では世界に約330ものフィルムコミッションがある。

そして、フィルムコミッションの国際機関がAFCI(Association of Film Commissioners International)である。アドレスは、http://www.afci.org/

なお、AFCIのこちらのページから加盟する世界中のフィルムコミッションを知ることが出来る。

ちなみに、世界のなかでもカナダのフィルムコミッションは広く知られている。

例えば、ブリティッシュ・コロンビア・フィルムコミッション(BCFC:British Columbia Film Commission)。アドレスはhttp://www.bcfilmcommission.com/

トロントフィルム&テレビジョンオフィス(TFTO:Toronto Film and Television Office)。アドレスはhttp://www.toronto.ca/tfto/index.htm

などがある。

また、

ニューヨークのメイヤーズ・オフィス・オブ・フィルムス・シアター&ブロードキャスティング(MOFTB:Mayor’s Office of Films, Theater& Broadcasting)。アドレスはhttp://www.nyc.gov/film

はニューヨークを安全な街に変えた立役者の一つとしても知られている。

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ロケーション撮影における道路使用許可

海外では、どの国でも、映画などのロケーション撮影のため、当然のように道路使用許可が下りている。

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そして、自動車も歩行者も、通行できなくても苦情はない。

もし、映画のローケーション撮影に苦情を言えば、

「この人は、映画産業、映画文化に対する理解のない人である」と周囲から烙印をおされてしいそうで、苦情を言い出す雰囲気がまるでないのである。

芸術に対する理解というものは、おそらくはそういうものではないか。

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2007年4月28日 (土)

映画は特別な芸術なのだから

映画はその国の様子が子供達にも伝わる、特別な文化であり芸術でもある。

海外の映画関係者から色々と話を伺っていると、日本はそういうことがわかっているようで、まだわかっていないのだということを身をもって感じてしまう。

まだ行ったことのない国々、それらの国々に対するイメージは、今では確かに様々なメディアから受け取ることが出来る。

しかし、映画が他のメディアよりまして、その国の文化を表現している芸術だといっていい。

海外からのロケーション撮影に対する現在の厳しい対応も、このあたりの意識変革なくしては改善が進まないのではないか。

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サンタモニカで開催されたロケーション・トレード・ショー2007

フィルムコミッションの国際機関であるAFCI(Association of Film Commissioners International)が毎年開催している。

日本の出展ブースは、他国に比べてとても小さい。

誘致の資料もほとんどなく、その差は非常に大きい。

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2007年4月27日 (金)

日本のロケーション撮影(ちょっとおかしい?)

「道路工事なら交通の迂回や一次的な封鎖などもあるのに、映画の撮影だとどうして法律違反になるのか」

日本ではこの考えに異論を唱える方も多いだろう。

しかし、世界ではこの考えこそ、しごく普通の意見といっていい。

「日本におけるロケーション撮影への対応は、世界的にみて遅れていて、とにもかくにも改善をしていかなければならない。」

海外の様子を知れば知るほど、そう思うようになる。

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写真はハリウッドで撮影。

ロケーション撮影のため、当然のごとく道路使用許可が下りている。

自動車も歩行者も、通行できなくても苦情はない。

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世界と日本のフィルムコミッションについて

日本における映画産業の経済的効果、及び文化的価値に対する認識は世界各国に比べて相当に低いといわざるを得ない。

日本の全国各地のフィルムコミッション、ロケーション撮影の誘致をするのであれば、まずはそのことをしっかりと認識する必要があるのではないか。

それが、世界各国が参加するロケーション・トレードショーに参加した、素直な感想である。

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サンタモニカで撮影

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2007年4月26日 (木)

「ロスト・イン・トランスレーション」のロケ撮影について

2004年アカデミー賞で脚本賞を受賞した映画「ロスト・イン・トランスレーション」

渋谷のスクランブル交差点などのシーンは実はゲリラ撮影である。

渋谷のスクランブル交差点はさすがにロケーション撮影が難しいかもしれないが、問題なく撮影が出来そうな場所でも日本ではなかなか撮影ができない。

「日本、特に東京ではロケーション撮影が出来ない。」

世界の映画製作者たちは、皆そう思っている。

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東京の神田神保町付近で撮影。

日曜の朝など、人通りが少ない時は、都心でもロケーション撮影が出来ると思うのだが。

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2007年4月25日 (水)

映画「バベル」の日本での撮影

第64回ゴールデングローブ賞、ドラマ部門最優秀賞に輝いた映画「バベル」の日本での撮影においても許可は下りなかった。

高速道路の渋滞シーンはゲリラ撮影で日曜の早朝に撮ったという。

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(写真は、神田神保町と九段下の間の首都高速の道路下。

映画に対する理解不足だけでなく、景観にたいしても音痴なのだろうか?)

「バベル」における高速道路の撮影時間は1分程度だったそうだが、許可が下りなかったという。

ロケーション撮影に対して、「とにかくだめ」ではなくて、「どうしたらロケーション撮影ができるか前向きに検討する。」

世界はおおむね、映画文化を深く理解して、そういう対処をするのが一般的である。

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「アニー」のスタジオセット

「アニー」はハリウッドらしい映画で、好きな映画の一つである。

ワナーブラザーススタジオに撮影で使われたオープンセットがある。

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(ハリウッドのワナーブラザーススタジオで撮影)

「アニー」のような陽気でユーモラスで楽しいミュージカル映画は、邦画ではなかなか出せないハリウッド独特の味がある。

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「スティング」のロケ地

「スティング」に出てくる回転木馬はシカゴにあるのではなく、サンタモニカの波止場にあると紹介した。

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サンタモニカのピアにある遊園地、この中にあったのだろう。

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映画のロケ地の調べ方

ロケ地の調べ方には色々ある。

インターネット・ムービー・データベースというサイト(英語)もその一つである。

このサイトを見ると、世界中にある映画のロケ地がある程度わかる。

メニューバー「Other Info」の「Filiming Locations」をクリックするとロケ地の一覧が出てくる。

旅行などで、ロケ地を訪ねるときには便利そうである。

例えば、ロッキーを調べてみると(Rockyといれると)、ロッキーのページが出てきた。

次に、ロケーションをクリックするとロッキーのロケ地が一覧でてくるという具合である。

ただ、少しエリアが広くて特定できないのが残念ではある。

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2007年4月24日 (火)

「四日間の奇跡」の角島

山口県下関市の角島(つのしま)は、豊北町の北西約1.5kmの沖合に浮かぶ響灘諸島の島である。

島のかたちを地図で見ると、夢崎と牧崎という二つの岬が、ちょうど牛の角のような形になっている。そのことから角島と名付けられたらしい。

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シマダス(2004年発行)をみると、面積は3.94k㎡で、人口は941人と小さな島である。

この角島で、映画、「四日間の奇跡」(監督:佐々部清氏)が撮影されたようだ。

「しおかぜの里角島」のホームページをみると、東映関係者が「全国を回ってロケ地を探したが、角島にかなう場所はなかった」とある。

確かに、風光明媚な島でブログでもたくさん紹介されている。きれいな写真が載っている。

角島ドライブ (トラックバック 魅惑のクワトロ生活)

海にかける道(トラックバック デジカメ撮影日和)

角島(夢民谷の日記)

角島ドライブ((海と写真とウェブログと・・・)

平成12年に、1,780mの角島大橋が出来て本州とつながり来島者は増えた。特に、海水浴、キャンプ、並びに釣りなどをしに来る人が多いという。

(だが一方では、交通標識の設置が必要になったり、防犯面の強化が求められたり、ごみ問題や自然保護など、観光地化による諸問題も発生しているようである。)

平成17年に「四日間の奇跡」が公開されてからは、その観光客がさらに増えて前年比153%にもなったと聞いた。

また、映画の赤い屋根の礼拝堂は、実はオープンセットだという。元々あった公衆トイレを覆ってつくったらしい。

それ以前の観光ガイドに掲載されていない理由はそれであった。

撮影後は解体をして元の公衆トイレに戻す予定だったが、地元住民から「残してほしい」と要望があり、オープンセットを補強して3年間だけ保存することになったという。

一過性のブームで終わるのか、夕張市の「幸せの黄色いハンカチ」のように、息が長いものになるのか。

それは、もう少し時の試練を経ないとわからないだろう。

このあたりが、ロケ地の観光振興の難しいところだと思う。

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映画「チコと鮫」の舞台

インターネット・ムービー・データベースというサイト(英語)を見つけた。

このサイトを見ると、世界中にある映画のロケ地がある程度わかる。

メニューバー「Other Info」の「Filiming Locations」をクリックするとロケ地の一覧が出てくる。

子供の頃憧れた映画、「チコと鮫」のロケ地を調べた。

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(写真は2006年に沖縄の慶留間島で撮影。憧れの「チコと鮫」はこんなイメージだった。)

ロケ地の検索サイト(英語)で「Tiko and the Shark」で検索すると、「チコと鮫」が出てきたのだが、がっかり、ロケ地については載っていない。

そこで、「世界の映画ロケ地ガイド大事典」をみてた。「チキチキバンバン」、「地球に落ちてきた男」、「チップス先生さようなら」、「チャイナ・シンドローム」、「チャップリンの独裁者」、などなどいっぱい載っているのだが、イタリア語の映画のためだろうか「チコと鮫」はやはり掲載されていなかった。

そこで、ニフティ、グーグル、ヤフーなどの検索で調べると、「チコと鮫」の舞台になった島は、タヒチ島から北西約240kmにあるボラボラ島であること分かった。

インターネットによって、情報とか知識が無料で簡単に入手できるようになった。ちょっと前までは考えられないことで、本当に時代は大きく変わったものである。

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(こちらも慶留間島で撮影。まだ、ボラボラ島には行ったことがないのでイメージだけ。)

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2007年4月23日 (月)

映画「るにん」のエンドクレジット

映画「るにん」のエンドクレジットに、ローリングロケーション協力として、八丈島の町役場(産業観光課)、漁協、JA八丈島支店、観光協会、三根地区女性部、赤松スタンド、プレシアリゾート八丈など、島の行政、各種団体、企業などがあったし、

「抜け舟」が漂着した房総半島周辺のロケ地でも、いばらぎフィルムコミッションや千葉フィルムコミッションなどの名も挙がっていた。

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いずれにしても、地域の行政、団体、企業、学校、そして住民など、地域方々の支援がなければ、映画の撮影は成り立たない。

これからのフィルムコミッションには、地域からの期待と映像制作者のニーズを上手く汲み取って、両者のよきコーディネーターになることが期待されており、現在、その仕組み作りが模索されているようである。

参考資料

幡多野哲朗編著:映画監督になるには、ぺりかん社

轟夕起夫著:映画監督になる15の方法、洋泉社

泊貴洋編集:映画監督になる06-07、演劇ブック社 他

ウィキペデアの映画用語、シナリオ作家協会の映画用語集など。

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写真は「るにん」のロケ地となった八丈島のふるさと村で撮影。

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2007年4月22日 (日)

映画「るにん」のロケ地へのこだわり

このように、現代の八丈島からはあまりイメージがつながらないが、流人たちの中には八丈島での生活を嫌い、飢饉などで死ぬことを恐れて、「抜け舟」をする者もいたようである。

映画「るにん」の主人公である豊菊と喜三郎もその内ということになる。

この映画を見て、「やはりロケ地へのこだわりがなければ、本物の映像は出来上がらないのだろう。」と素人ながらに思った。

時には台風が襲い荒れ狂う大自然の中で、自給自足を強いられる流人たちは飢え、その生活は筆舌に尽くしがたい厳しいものなのだが、そういったシーンがリアルに感じられるのは、ロケ地へのこだわりがあってこそに違いない。

DVDの付録でも、ロケ地へのこだわりを伝えていた。

また、ラインプロデューサーの齋藤寛朗氏は、映画「るにん」公式サイトで、

「奥田監督が“地元の人より八丈島に詳しい”と自分でも言っているくらいですからね。」とも話している。

同氏はさらに続けて、、「奥田監督が『ここで撮りたい』と提案した場所はすべて使っています。ただ、大変だったのが唐滝のシーン。車が乗り付けられる場所から、歩いて40分ぐらいかかるんですよ。しかも、日本中、同じような滝は探せばいくらでもある。でも、それはやっぱり奥田監督のこだわりで、八丈島のあの滝だから撮りたいんだと。」とも述べている。

私はこの言葉の中に、映画とロケ地が深いところでの繋がっていることを強く感じたし、逆に言えば、奥田瑛二監督のような本物の映画づくりを目指す映画人に対して、全国のフィルムコミッションの支援がどこまで役に立つのか、それはおそらく一筋縄ではいかないだろうとも思った。

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(八丈島の「ふるさと村」で撮影。映画「るにん」では代官屋敷のシーンなどで使われたようである。)

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2007年4月21日 (土)

八丈島を舞台にした映画「るにん」

八丈島を舞台にした映画「るにん」のDVDを見た。江戸時代に八丈島は流刑地となったのであるが、その八丈島を舞台にした映画で、なんともせつない映画だった。

そのストーリーについては、映画「るにん」公式サイトを見てほしい。奥田瑛二監督の偉才が発揮されたすばらしい映画であった。

さて、黒潮の本流を黒瀬川(くろせがわ)という。私は何故か、この黒瀬川という言葉を聞くと、ただそれだけで心がざわめいてくる。

映画「るにん」では、その黒瀬川がはっきりと映っていた。

黒瀬川は八丈島と御蔵島の間を、通常は北東方向に流れているのだが、7月頃には南の方に降りてくる。普段の明るく青い海よりも色の濃い、深い藍色をした大河の流れが八丈島にぶつかるのである。

ちなみに、古くは、黒潮のうち八丈島と御蔵島の間の約80kmを「黒瀬川」、御蔵島と三宅島の間の約20kmを「海暗(うみくら)」と呼んでいた。濃い藍色をした大河が島々の間を流れるように見えたからそう名付けたらしい。

そして、その黒瀬川は早さが秒速約2m(時速約'7km以上、資料では時速約13km以上という記述もある)にもなるというから、現代のようなエンジンを装備した船がまだ無い時代には、それを横切ることは至難の業であったのだろう。

そういうこともあってか、かつて八丈島は「鳥も通わぬ」といわれたようで、江戸時代には流刑地になったようである。

調べると、その流刑地としての歴史は、関が原の戦いで敗れた豊臣方の大名である宇喜多秀家が、慶長11年(1606年)に12名の一族や家臣と一緒に流されたことからその流刑地としての歴史が始まったようである。

東京学芸大学・大石学教授の「『るにん』と八丈島」を読むと、流刑地としての始まりである慶長11年(1606年)から、その終わりの慶応2年(1866年)までに八丈島へ流された流人の数は1804名であったらしい。(別の資料によると、幕府によって1862人が流罪となって八丈島にやって来たという記述もある。)

また、八丈島には、大賀郷、三根村、末吉村、中之郷、樫立村の5つの村があり、天保11年(1849年)当時、島民は6619人(男性が2834人で女性が3785人と何故か女性の方が多い)で、流人は235人であったという。言い換えれば、当時6854人が八丈島で暮らしていて、島民28人に対して流人1人の割合であったようである。

ところで、私も数年前、八丈島に仕事で何度も通ったことがある。

その時、現地で、「流人たちは島で、ある程度自由に暮らしていた。流人は島民を構成員とする五人組の扶助と監視のもとで生活していた。」などと聞いていたので、

「それなら、南の島で意外に流人たちは楽しく暮らしていたのではないか。楽園で帰りたくなかったのではないか。」などと単純に考えていたのだが、映画「るにん」では全く違っていた。

主人公の松坂慶子が演じる豊菊は、「こんな汚れた体で、こんな島の土になりたくない」といい、島を「ここは鬼ヶ島(おにがしま)」と毒づいていた。そしてただただ、いつか江戸に帰ることを夢みながら悲惨な暮らしをしていた。

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八丈島のふるさと村で撮影。「るにん」のロケ地の一つとなっている。

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同じく「ふるさと村」付近で撮影。玉石垣が残っている。映画では、流人たちが島での掟を申し渡されるシーンなど、代官がらみのシーンで、このような雰囲気の場所が使われていた。「当人勝手次第に渡世すべきこと」などと流人たちは言い渡されている。

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2007年4月20日 (金)

「長崎ぶらぶら節」のロケ地を訪ねて2

「長崎ぶらぶら節」の主人公である愛八が参拝した梅園天神の続きである。

江戸時代には、丸山の遊女たちも自分の生活に苦労がないことを願って参拝したようである。

また、昭和40年頃まで丸山の芸者さんたちも、身代りを「みがわり」でなく「みだい」と読んで、よくお参りをしたそうで、愛八もその内の一人であったようだ。

その梅園天神の境内を入って右側に、井戸のような柵(玉垣)がある。

傍らの解説によると、彼女たちは家で食べた梅干しの種を「天神さま」と呼んでわざわざこの玉垣の中に持ってきたとある。

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中を覗くと、確かに梅干しの種がころころと転がっている。今でも、誰かが梅干しの種を持ってきているのであろう。

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本殿の右側に鳥居7つ並んでいる。見ると「正一位 七力大明神」とある。

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よくある鳥居であるが、どこか可愛らしかった。

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神社の左側には、天満宮がある。

この天満宮の文字を指でなぞると、字が上達するといわれているそうである。

天満宮は天満天神(菅原道真)をまつった神社の宮号(みやごう)だから、こちらも菅原道真公にあやかりたいということだろうか。

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その横に「ぼけ封じ撫で牛」があった。この牛を撫でるとぼけないという。

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神社の真ん中にある「撫で牛」である。これも「頭部を撫でると知恵がつく」らしい。

菅原道真公が丑年うまれであること、無くなったときにご遺骸を牛車に載せて運んだとこと、天神信仰は始め農耕の神として発展し、牛が農耕のシンボルであったことなどから、牛が奉られているのだろう。

実に楽しい参拝であった。

私は、このような屈託がなくて愉快で楽しい神社は今まで見たことがない。日本は広いから、きっと他にもこういった愉快な神社があるのかもしれないが、その後もお目にかかっていない。もしご存じの方があれば、お教えいただきたいところである。

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「長崎ぶらぶら節」のロケ地を訪ねて

一方、ロケ地もそれを観光資源として活用しようと、様々な取り組みを行っている。

例えば、長崎県観光連盟や長崎国際コンベンション協会が、「愛し君へ」、「解夏」、「精霊流し」、長崎ぶらぶら節」、「69」などのロケ地を紹介した観光ガイドマップを発行している。

私もそれを手にして、長崎市のまちをぶらぶらと巡ったことがある。

写真は、その時に撮った「長崎ぶらぶら節」のロケ地である。

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身代わ天神として有名な「梅園身代り天満宮」の案内看板。花街に接していることから、遊女や芸者さんが多く参拝していた。

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ロケ地巡りの案内図(梅園身代わり天満宮に設置されているもの)

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狛犬の口になぜか飴玉がたくさん入っている。横にある手書きの解説を見ると、「梅園天神の歯痛狛犬」とある。

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読むと、「江戸時代の天保11年に奉納され、願いを必ず叶えてくださることで、多くの人々に親しまれています。」というようなことが書いてあった。また、「歯の痛みがある者が、狛犬さまの口に水飴を含ませると、たちまち痛みを取ってくださるそうです。」とあり、その屈託のない明るさが可笑しかった。

おそらくは、「身代わりに、狛犬に虫歯になってもらおう」という企みであろうか。

江戸時代にこの地で暮らした遊女や芸者さんたちの明るい笑い声がどこかからともなく聞こえきそうである。

苦しみをいっぺんに喜びに昇華するようなこういった「お侠(おきゃん)」の粋は、いったいどのような形で、どこから生まれてくるのだろうか。

この無邪気さ、朗らかさは、長崎市丸山町という花街が築いた文化であり、このような生活の知恵は、どんな時代にも失ってはならない、現代を生きる我々にとっても掛け替えのない財産では無いかと思う。

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2007年4月19日 (木)

「スティング」、「鬼畜」、「3丁目の夕日」のロケ地

ひとくくりにロケ地といっても色々ある。

その一つが、映画では東京が舞台であるが、実際に撮影したのは京都であるといった場合である。

例えば、「スティング」に出てくる回転木馬はシカゴにあるのではなく、サンタモニカの波止場にあるそれであるし、「ブラック・レイン」のクライマックスのモーターバイクの追っかけシーンも日本ロケの費用がつきたため、ロサンゼルスで撮影したようである。

また、「三丁目の夕日」で、鉄橋を黒煙を吹きながら走る機関車は、北九州の中間市にあるという。VFX(視覚効果)で美しく再現されているようだ。

映画の舞台が、ロケ地であるとは限らない。

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写真は東京タワーで撮影。煌びやかで美しい。

だが、東京タワーに来ると、なぜか映画「鬼畜」を思い出してしまう。

鬼畜」のシーンには胸が詰まった。

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日本のフィルムコミッション

日本でも全国各地にフィルムコミッションが設立され、ロケーション撮影の誘致が積極的に推進されている。

ロケーション撮影の誘致は様々な効果があり、それらを見込んで各地のフィルムコミッションはその支援を無償で行っているのである。

ちなみに、日本のフィルムコミッションは、地方自治体、コンベンションビューロー、観光協会、並びに商工会議所といった公的な組織が何らかの形で関わっている場合がほとんどである。

そういうこともあって、日本のフィルムコミッションは、その関心が主に観光振興に向く傾向があるようである。

一方、海外はというと、ロケ隊の消費、つまりはその経済効果を主な目的にしていることが多い。

また、海外ではタックスクレジット(税金還付)など、そのインセンティブは多岐に及び、日本の支援内容を遙かに超えている。

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ロケ撮影の誘致効果

ロケーション撮影の誘致によって様々な効果が見込まれる。

順に整理すると、

1)ロケ隊の消費による直接的な経済効果があり、(ロケ隊による経済効果)

2)作品の放映によって地域からの情報発信ができ、(情報発信)

3)それを見た人たちが観光としてロケ地を訪れ、(観光振興)

4)その観光客の消費で2次的な経済効果もあり、(観光客による経済効果)

5)このような映像制作に関わることが地域文化の振興にもつながる。(文化振興)

というわけである。

つまるところ、大きく分けて、経済効果、観光振興、並びに文化振興の3つが見込まれるということだろうか。

また、地域への愛着、地域の誇りなど、目に見えない資産が形成されることも大きいな要素ではないかと思う。

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日本のロケーション誘致

「これからの日本映画の振興について~日本映画の再生のために~(映画振興に関する懇談会)平成15年4月24日発行」の冊子をみると、明日の日本映画のための施策として、12の提言がされている。

その中に、「3.地域におけるロケーション誘致への協力~いろいろな場所でもっとロケーションが行えるように~」とあり、その内容をみると、「フィルム・コミッション(自治体等を中心に設立されたロケーション(野外撮影)を誘致する非営利組織。略称:FC)の行う各地でのロケーション誘致への取り組みに関し、規制緩和、歴史的建造物等の管理者に対する協力促進の働きかけ、許諾の指針作りや、FCの全国統一組織への協力、建造物等のデータベースの開設・運用などを行う。具体的には、公共建造物の管理者に対する協力の働きかけを行う。また、関係府省が連携し、撮影及びそれに付随する行為に関する規制緩和について、FCと協議していく。・・・(以下省略)」となっていて、映画、テレビ番組、CMなどのロケーション撮影を誘致し、それを地域振興につなげようという動きは、現在も衰えることはなく、むしろその効果に期待してその活動は活発になってきているようである。

また、全国フィルム・コミッション連絡協議会の案内をみると、フィルム・コミッションを組織するメリットとして、

1)当該地域の情報発信のルートが増えます。

2)撮影隊が支払う「直接的経済効果」が見込まれます。

3)作品(映画・ドラマ)を通じて観光客が増え、観光客が支払う「間接的経済効果」が見込まれます。

4)映画・テレビを通じた地元住民の文化レベルの向上が見込まれます。

5)映画作品の質の向上に寄与します。

とあり、映像産業と地域振興のつながりの深さを感じさせる。

ところで、日本におけるこういったロケーション撮影の誘致についてみると、NHKの大河ドラマや朝の連続ドラマ等の積極的な誘致活動は今でも盛んであるが、その歴史の中でも、山田洋次監督の「寅さん」シリーズでは、地域の側からの積極的な誘致活動はいうに及ばず、そのロケ地における地元住民の心温まる熱心な支援活動には数々の逸話があるほどである。

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2007年4月18日 (水)

コンテンツツーリズムについて

「世界の映画ロケ地大事典」のはしがきに「映画を撮れば、彼らは来る・・・・・」とある。

言い換えれると、「ヒットした映画、テレビドラマ、CFなどのロケ地に観光客は来る。」ということである。

これをコンテンツツーリズムと呼ぶこともある。

「冬のソナタ」のファンが、その作品(コンテンツ)の舞台となった地域を訪れて、その雰囲気を体感し、作品の世界を追体験しようというツアーが好評であったが、こういった観光がコンテンツルーリズムということになる。

他にも例を挙げると、

映画「愛は霧のかなたに」が公開されてから、ルワンダの観光客が約20%も増えた。(ただし、内乱が起こるまで。世界の映画ロケ地大事典による)

テレビドラマ「北の国から」の舞台となった北海道富良野市は、最終回の2002年の観光客数は約250万人と過去最高に達した。ロケ地になった麓郷(ろくごう)地区が、半期だけで前年比169%と激増した。(北海道日刊スポーツ2002年12月10日の記事による)

映画「フォーウェディング」(1994年)の舞台となったバッキンガムシャー、アマーシャムにあるクラウン・ホテルのスイート・ルームが突如として何年にもわたって予約がいっぱいになった。(世界の映画ロケ地大事典による)

アメリカ最古の国立公園ワイオミング州のデヴィルズ・タワーが映画「未知との遭遇」(1977年)に登場し、観光客の数が75%も上昇した。(世界の映画ロケ地大事典による)

映画「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)の野球場のあるアイオワ州の小さな町ダイヤースヴィルが観光のメッカになった。(世界の映画ロケ地大事典による)

NHK大河ドラマ「新撰組」放映に伴い、京都市には平成16年に観光客が100万人増加し、市内に総額約170億円の経済効果があった。内訳は、交通関連分野で22億円、宿泊費や飲食代に代表されるサービス分野で105億円、土産に関連した製造業で約37億円。(日本銀行京都支店「「新撰組!」放映が京都観光に与える経済効果」より)

そのほか沖縄県小浜島でのNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」のロケなどが挙げられる。「ちゅらさん」によって、小浜島の観光客が64%も伸びており、沖縄観光にも大きな好影響がでている。(八重山毎日新聞2006年9月22日の記事による)

また、テレビドラマ「Dr.コトー診療所」のロケ地であることなどによって、与那国島の観光客も年々増加傾向にあるようである。2006年11月末の観光入域数は前年同期比138.2%(4万1742人)となっているようだ。(八重山毎日新聞2007年1月1日の記事による)

このように、ヒットした作品のロケ地に観光客が訪れることから、「世界の映画ロケ地大事典」の著者であるトニーリーヴスは、

「映画のロケ地は現代の歴史遺産である。」

とまで述べている。

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2007年4月16日 (月)

夜のラスベガス「MGMグランド」

ラスベガスは昼よりも夜の方がどこかさまになる。

昼間だと奇抜な建物がどこかオモチャのように見えなくもないが、日が暮れてネオンライトに飾られると妖艶になる。

写真は夜の「MGMグランド」

「ハリウッドの黄金時代」がテーマのためか、ロビンウィリアムスが何度も大画面に映っていた。

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ラスベガスの「MGMグランド」

映画の都ハリウッドの東、ネバダ州のラスベガスに「MGMグランド」という、「ハリウッドの黄金時代」をコンセプトにしたホテルがある。

客室には映画スターの写真が飾られていたりしている。

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写真は、MGMグランドの外観。

ライオンは米国最大のブロンズ像だそうである。

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2007年4月15日 (日)

「フォレスト・ガンプ」のベンチ

ハリウッドのパラマウントスタジオに映画「フォレスト・ガンプ」でトムハンクスが座ったベンチがある。

映画撮影はこのベンチで行われたそうで、パラマウントのスタジオツアーに参加すれば、誰でも座って記念撮影をすることが出来る。

プロダクションが入った事務所の前に、何気なくあるのだが、それと分かるようにプレートがついていた。

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サンタモニカのロケーション・トレード・ショー

サンタモニカで、4月12日から14日にかけて、世界中のフィルムコミッションが一同に会したロケーション・トレード・ショーが開催されている。

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世界中でロケ撮影の誘致を積極的に繰り広げている.

その様は予想していた以上で相当なものである。

世界各地の誘致の様子をみて、かつて日本全国で工場の誘致合戦を繰り広げていたことを思い出した。

日本は、この分野で諸外国とのだいぶ温度差があるようである。

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「SAYURI」のロケ地(カリフォルニア)

日本の芸者が主人公の映画「SAYURI」は日本の伝統文化を背景とした映画であるが、その撮影のほとんどはアメリカのカリフォルニアでされた。

映画を見たが、やはり日本というより中国とか香港とか、色々なアジアが混ざり合っていて、架空のアジアという感じである。

日本ではロケーション撮影がスムーズにいかないと踏んで、アメリカのスタジオ撮影したと聞いた。

(ただし、一部は日本で撮影された。京都は伏見稲荷大社千本鳥居や法観寺の五重塔など。)

主演女優は中国のチャン・ツィイーであり、マレーシア女優のミッシュエル・ヨーなども配役され、日本からは、渡辺謙、桃井かおり、役所広司、工藤夕貴らが出演している。

まさにアジアの映画人の力を結集してハリウッドに進出したという感じである。

この映画をみて、ひとつ気になったことがある。

「もしかしたら、ハリウッドはアジア各国の文化の違いを気にしていないのではないか。」

逆に言えば、日本が舞台となっているハリウッド映画のロケーションに日本が選ばれるには、「日本らしさが何か」をもう少し海外の人に知ってもらう努力が必要なのかもしれない。

「ひょっとしたら、本来の日本らしさは、日本でロケ撮影することによって、映像からにじみ出てくるのではないか。」

そんな気がする映画であった。

ちなみに、映画「SAYURI」の映像は息をのむほど美しく、ストーリーも魅力的だし、マーシャル監督が「配役において、誰がこの役にぴったりはまるかということを最も重要視した」と話された通り、チャン・ツィイーの演技はすばらしかった。さすがはハリウッド、スケールの大きな映画であった。

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2007年4月14日 (土)

世界の映画ロケ地大事典。「ジョーズのアミティ島はマサチューセッツ州沖合のマーサズ・ヴィニヤード島」など

世界の映画ロケ地大事典(トニー・リーヴス著・齋藤敦子監訳)という約850ページにも及ぶロケ地案内がある。

風と共に去りぬ、ローマの休日、スター・ウォーズ、ジョーズ、ロッキー、クレイマー・クレイマー、影武者、ハリー・ポッターなど、世界各国で制作された1600本以上の映画のロケ地を、9年もの歳月をかけて取材した分厚い事典である。

見ると、巻末には、ロケ地別索引があり、国、州、都市、諸島などで仕分けがされていて、どこでどのような映画が撮影されたのかが一目で分かるようになっている。

例えば、ジョーズについてみると、「舞台となる架空のアミティ島はマサチューセッツ州の沖合に浮かぶ都会人のおしゃれな隠れ家、のマーサズ・ヴィニヤード島」などと紹介されている。

「この有名なリゾートは、捕鯨基地として栄えた19世紀から町並みが比較的よく保存されており、映画のロケ地もそのまま残っている(抜粋)」ようである。

ちなみに、日本を調べると、怪獣王ゴジラ、影武者、007/私を愛したスパイ、007は二度死ぬ、ブラックレイン、乱などが挙がっている。(著者が英国生まれのためか、欧米の作品、特に英語圏の作品が多くなっている。おそらくは、日本語のためか、残念ながら数が少ない。)

この本の面白いところは、「予算の制約などで現地で撮影できなかった」などの裏話がふんだんに書いてあることである。

このシーンは、スタジオのセットで済ませたとか、そのシーンはロケ地で撮らずに別の場所で撮影してそれらしく見せたとか詳しく紹介されている。

例えば、「007は二度死ぬ」のロケ地は、日本、ジブラルタル、バハマ、スコットランド、スペインとなっていて、「オオサト化学の本社は千代田区紀尾井町4-1にあるホテル・ニューオータニ、1964年の東京オリンピック開催に際して建てられた四角く巨大な豪華ホテルだ。(抜粋)」などと事細かに紹介されている。

また、続けて、「ヘルガ・ブラントの飛行機を日本のどこかに不時着させる場面はスコットランドのフィンメーで撮影・・・」

さらには、「麓にブロフェルドの隠れ家のある活動休止中の火山は、日本の南にある島、九州(やはり、九州のことを日本の南にある島と紹介している。)の南にある鹿児島に近い霧島国立公園にある。隠れ家の屋内場面は、パインウッド撮影所の敷地にテントを張り、その下に100万ドルかけて巨大なセットを造って撮影した。(抜粋)」などと続いていてロケーション撮影の裏話を知ることができる。

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鹿児島で撮影した桜島。映画007に出てくる活動休止の火山とはこの桜島。

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ワナーブラザーススタジオのジュラシックパーク

ハリウッドのワナーブラザーススタジオにはジャングルのオープンセットもある。
そのオープンセットでジュラシックパークの一部が撮影されている。
写真は、ジープが走った道で、そう聞かされると確かに映画のシーンで見たような気がする。
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ワナーブラザーススタジオのスパイダーマン

ユニバーサルスタジオの近くにワナーブラザーススタジオがある。
ワナーブラザーススタジオを見学したが、ここにも色々なオープンセットがある。
スパイダーマンがよじ登るビルディング、ジュラシックパークのジャングル、アニーの街並みなどである。
これらはもちろん本物の建物ではない。触るとはっきり分かるのだが、映画に触ることは出来ないから、映画では本物との区別がなかなかつかない。

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写真はスパイダーマン1を撮影したセット。
ワナーブラザーススタジオで撮影。

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2007年4月12日 (木)

ハリウッドのパラマウントスタジオ

ハリウッドのパラマウントスタジオの中に入り、スタジオ見学をする機会に恵まれた。スタジオの中ですれ違うどのスタッフも、実に楽しそうに仕事をしている。

ウェストコーストならではの明るさや爽やかさと相俟って、まるで燦めくビーチを歩いているような感じである。

どこの国でも仕事には苦労がつきものだが、その気さくで陽気なスマイルがなぜか不思議に懐かしい。

そういえば、最近の日本では、こういった素直な笑顔をみることが、ほとんどない、かな。

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ロケーション撮影の日米比較3

ロサンゼルスのダウンタウンで夜、映画のロケーション撮影の現場に出会った。

トンネルを完全に封鎖して撮影をしている。

アメリカではポリスのアルバイト(副業)が許されている。

本物のポリス達がロケーション撮影が円滑に行われるように交通整理などをしているのである。

ロケーション撮影はポリス(警察官)の所得の一部になっていて、米国の映画産業は実に裾野が広い。

ポリス達も、実に楽しそうにロケーション撮影に携わっていた。

ポリス達の笑顔をみていると,、「こういった仕組みを支えているのは、映画文化に対する米国民の深い理解があるからに相違いない。」という感じがしてくる。

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ロサンゼルスのダウンタウンで撮影。

いい写真が撮れた。

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2007年4月11日 (水)

粟国島「ナビィとサンラーの入り江」

ロケーション撮影の誘致によって様々な効果が見込まれる。

順に整理すると、

1)ロケ隊の消費による直接的な経済効果があり、(ロケ隊による経済効果)

2)作品の放映によって地域からの情報発信ができ、(情報発信)

3)それを見た人たちが観光としてロケ地を訪れ、(観光振興)

4)その観光客の消費で2次的な経済効果もあり、(観光客による経済効果)

5)このような映像制作に関わることが地域文化の振興にもつながる。(文化振興)

というわけである。

つまるところ、大きく分けて、経済効果、観光振興、並びに文化振興の3つが見込まれるということだろうか。

また、地域への愛着、地域の誇りなど、目に見えない資産が形成されることも大きいな要素ではないかと思う。

そして、それらを推進しているのが全国各地のフィルムコミッションで、多くの場合、それらフィルムコミッションはその支援を無償で行っているようである。

ちなみに、日本のフィルムコミッションは、地方自治体、コンベンションビューロー、観光協会、並びに商工会議所といった公的な組織が何らかの形で関わっている場合がほとんどである。

そういうこともあってだろうか、日本のフィルムコミッションは、その関心が主に観光振興に向く傾向があると聞いた。

一方、海外はというと、ロケ隊の消費、つまりはその経済効果を主な目的にしている事例も見られるそうである。

いずれにしても、小さな離島においては、ロケ撮影に伴う経済振興、観光振興、並びに文化振興の様子がはっきりと目に見える。東京のような大都市とは状況が違っているのである。

(ロケ地について3に続く)

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(写真は、「ナビィの恋」の粟国島で撮影。若きナビィとサンラーが引き裂かれた入り江。また、年老いたサンラーがナビィを連れて遠い国へ旅立つ場所でもある。映画を見たのはもう何年も前になるのだが、この写真をみると、映画のシーンが甦ってくる。)

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2007年4月10日 (火)

「船を降りたら彼女の島」の野忽那島

愛媛県制作の映画「船を降りたら彼女の島」の舞台となったのは、愛媛県は忽那諸島(くつなしょとう)にある野忽那島(のぐつなじま)である。

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皿山という山があり、そこには木製の遊歩道が整備されたているのだが、その皿山の山頂から見る瀬戸内海の景色は美しく、映画のワンシーンになっている。

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野忽那島の皿山のてっぺんから撮影。

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東京ロケーションボックスの硫黄島

映画「ブラックレイン」(1989年公開)のロケーション撮影は、日本で行われた。しかし撮影は困難を極め、10週間の撮影の予定が5週間で中止し、帰国してしまったという。そしてその後、アメリカの日本に似た場所で日系人を集めて撮影したそうである。

そしてその結果、「日本では撮影がスムーズにできない」という認識が広まってしまったと聞いた。

当時の日本には、まだフィルムコミッションが存在せず、公的な支援などと言った発想は全くなかったらしい。

だが、最近は全国にフィルムコミッションが設立され、まだまだであるが、この問題も解消されつつある。

東京都にも「東京ロケーションボックス」が設置されている。

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立ち寄ると、「硫黄島からの手紙」のポスターが貼ってあった。

硫黄島といえば、東京都小笠原村である。東京と言っても、23区、多摩地域、そして島嶼地域と実に広い。

東京都には多様なロケ地がある。

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「ナビィの恋」の粟国島

時々、好きな映画のロケ地を訪ねることがある。それだけが目的でその地に行くことはないのだが、ロケ地の近くに仕事や趣味のダイビングなどで行ったときに、ちょっと立ち寄ったりしている。

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(写真は、「ナビィの恋」のロケセットとして使われた集会所「大濱倶楽部」。粟国島(あぐにじま)で撮影。明るい黄色が目立っているが、それがいかにも南国の島らしく不思議と気にならない。映画ではお店(大濱商店)になっていた。この真っ黄色な建物の様子が、足早な雲の流れと相俟って、熱情的にオペラを歌う、映画の狂おしいシーンと妙に重なった。)

このように、私のような者がロケ地を訪れることもあって、全国各地で映画やテレビドラマ、並びにコマーシャルフィルム(CF)などのロケーション撮影の誘致が活発に行われている。

全国フィルム・コミッション連絡協議会というフィルムコミッションの全国的な連絡協議会もあって、そこには95の団体が所属している。(平成19年2月6日現在。)

さっぽろフィルムコミッションなどはとても活発に活動され、多くの実績もあると聞いた。

世界を見ても、国際フィルムコミッション協会という組織があり、そこには世界41カ国から307(全国フィルムコミッション連絡協議会のホームページによる)の団体が加盟しているようである。

とにもかくにも、それら各地のフィルムコミッションは、海外や国内からのロケーション撮影を支援することでその誘致をし、地域経済、観光、並びに文化等の活性化を目指している。

調べると、文化庁も映画制作者向けに「全国ロケーションデータベース」を構築し、全国各地のロケ地選定の参考にと、その情報検索ができるようになっていて、なかなか便利である。

試しに、このデータベースに「島」というキーワードで検索をかけると、581件も抽出された。

(ロケ地について2につづく)

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2007年4月 9日 (月)

「ブラック・レイン」の大阪

映画「ブラックレイン」(1989年公開)のロケーション撮影は大阪で行われた。

もともとは、東京で行われる予定であったが、それが不可能でることから、ロケ地は急遽、大阪に変わったという。

しかし、その大阪でも撮影は困難を極めた。

10週間の撮影の予定を5週間で中止し、その後、アメリカにセットをつくって、日系人を集めて撮影したそうである。

ロケ地での許可条件、安全対策、そのほかもろもろの地元対策費を含めたロケ撮影の経費とセット撮影の経費を比較して、アメリカでのセット撮影をきめたという。

その結果、膨大な費用がかかってしまったそうである。

私も「ブラック・レイン」を見た。

ストーリー展開は面白いのだが、「確かにこの映画を日本で撮影するのは難しいのではないか。」と感じざるを得なかった。

激しいアクション映画で、乱暴なシーンやバイクの暴走シーンが続き、公益性に疑問が残るし、繁華街で撮影したら地元とのトラブルや騒動が必至だろうと思われた。

加えて、大都市では、撮影隊が入っても地元にメリットがなかなか説明できない。

地方では、ロケ撮影隊の地元消費や観光振興などが地元のメリットになりやすいが、大都市ではそれが見えないし、映画で描く地域に対するイメージが悪ければデメリットにもなりかねない。

まして、それが「ブラック・レイン」のような、やくざがらみの映画となると、二の足を踏むのはしかたないのではないか。

この映画をみて、ロケ撮影の難しさを感じた。

最近でも、大都市での撮影は、たとえ地元住民から許可を取っていたとしても、その地域を通過する人々から携帯電話で苦情が寄せられるというし、多様な利害が錯綜している大都市では、ロケ撮影はなかなか難しい。

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通天閣から撮影した大阪の街。

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「トリック」の八丈島

2006年に公開された「トリック劇場版2」のロケ地は八丈島である。

ただし、八丈島であることが分からないように撮影したので、そのロケ地巡りは難しいらしい。

聞くところによると、ロケーション撮影中に、八丈島が全島が停電になってしまったそうで、それは、「Eight」というブログで紹介されている日のことなのだろうか?

いずれにしても、島の厳しさが感じられる話である。

ちなみに、今でも電気がない有人島がある。そのことについては、近々紹介したいと思う。

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写真は、映画「トリック劇場版2」で”箱のゆーとぴあ”教団本部の舞台になった八丈島の「オリエンタルリゾートホテル」である。

撮影当時は、「プリシアリゾート八丈」という名前であった。

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東京は「ブレードランナー」

ロケ地としての東京のイメージとして、映画「ブレードランナー」を挙げる人が多い。

「ブレードランナー」を見たが、そこに描かれていたのは、異文化が混在した迷宮都市であり、人混みがどことなく恐ろしく感じられる不可思議な街であった。

また、ハイテクによって都市システムが支えられているのだが、その中に、人間のどろどろとした欲情が蠢いていて、よそ者にとっては、混迷の中に妖気がただよっていると感じなのだろう、とにもかく恐怖心を煽る一面があるようである。

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(写真は神田祭。秋葉原の近くで、ハイテクと伝統が混在している。)

以前、与那国島の知り合いが東京に来たとき、東京案内をしたことがある。

その方も「東京」を本気で怖がっていた。

島では陽気で明るくおおらかな大人の男子が、子供をお化け屋敷に連れてきたように、あまりにも本気で怖がっているので、とにもかくにも、その様子が可笑しかった。

「怖い。電車はやめてホテルにタクシーで戻ります。」と、あたりを見渡し、逃げるようにタクシーに一目散に乗り込んでいった。

どうも、東京のイメージは映画「ブレードランナー」のシーンに重なるらしい。

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(写真は文京区の後楽園の近くで開催された「牛の2頭分丸焼き大会」。大都会の真ん中に焼き肉の煙が立ちこめている。確かにどこか「ブレードランナー」の印象がある。)

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「裸の島」の宿祢島2

「裸の島」の母(乙羽信子が演じている)のモデルは、新藤兼人監督の実の母だと聞いた。

新藤監督の母は監督に、ねばり強い精神のありようを「言葉で伝えることなく教えてくれた」そうであるが、その深い体験からくる迫力が、モノクロの画面から伝わってくる。

「天秤棒で水を運ぶ作業は、労働の象徴であり、生きることは、仕事をすることである。」と新藤兼人監督が話されていた。

水を運ぶときの天秤棒のしなりぐあいが、ねばり強さを隠喩しているようで、まさに言葉を超えた映画であった。

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「ゴジラ」、「伊豆の踊子」、「二百三高地」などの伊豆大島

最近は映画にちなんだことばかり書いている。

特に、ロケ地にこだわっているわけではないのだが、このところロケーション撮影に関係していて、映画の世界にどっぷりと浸かっている。

だから、ついつい映画の話になってしまう。

他にも島について色々と記しておきたいことがあるのだが、もうしばらくは「映画の中の島風景」を中心に書き綴りたい。

そこで、映画の舞台としての「伊豆大島」のことである。

伊豆大島は、多くの映画の舞台になっている。

「ゴジラ」は三原山で生まれたとされているし

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(写真は伊豆大島の三原山の麓にある溶岩の川)

「伊豆の踊子」や

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(写真は伊豆大島の波浮港の港町で撮影。)

それから、「二百三高地」

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(写真は、伊豆大島の三原山で撮影。)

さらには、「日本沈没」、「漂流」、「七人のおたく」、そして「リング」なども伊豆大島が舞台であると「シマダス」に載っている。(ロケ地かどうかはわからない。)

伊豆大島は大きな島で、ロケーション資源は多岐にわたる。

港町、古い街並み、宴会場、温泉、海岸、それから火山ないろいろあるようだ。

ちなみに、フィルムコミッションは、おすすめのロケーション資源を映像制作者のニーズを見越して整理しておくとよいだろう。

景観、施設、食べ物、祭り、特産品などの「分野別」、

ドラマ、ラブロマンス、時代劇、サスペンス、ホラー、学園ものなどの「テーマ別」、

春、夏、秋、冬といった「季節別」などにしておくとロケ地を紹介しやすい。

ただ、ロケーション撮影においては、映像制作者と地元との思惑の違いが表面化してしまうことが多々あるようだ。

というのも、映像制作者は地域振興のためにロケーション撮影を行っているわけではなく、映画やテレビ番組の舞台としてふさわしいから、相応だからロケ地として選んでいる。

映像制作の方は、地域振興を目的に行っているのではなく、まずは映画の面白い企画ありきなのである。

一方、ロケ地の方はというと、「映像制作に協力しているのだから、地域振興に繋がるようにしてほしい。」と考えがちである。

このあたりの食い違いがなかなかかみ合わない。つらいところである。

ロケ地の選定は作品の善し悪しに大きく影響し、作品の評価が良くなければ、結果的に映像制作者とロケ地が共に共栄できないだろう。(ウィン・ウィンの関係にはならないだろう。)

「良い作品、またはヒットした作品の舞台だからこそ、ロケ地誘致が地域振興につながる。」

地域の側が、そのあたりをまずは認識したうえでロケ地誘致をすれば、すれ違いがもう少し減るようのではないか、そんな感じがしている。

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「裸の島」の宿祢島1

映画「裸の島」(新藤兼人監督)のロケ地になった島が瀬戸内海は三原市の沖に浮かぶ宿祢島(すくねじま)である。

映画はモスクワ映画祭グランプリを受賞している。商業主義の映画とは一線を画していて、映像の半分はただただ水をかけるシーンである。そして台詞もない。

それだけに、母(乙羽信子)が子を失って慟哭(どうこく)するシーンは胸に迫った。

映画の「裸の島」は、水のない小さな島である。

その島で来る日も来る日も隣の島に伝馬船を漕いでいって、そこで水を汲む。

そして、その水を「裸の島」まで運ぶ。「裸の島」は急峻で、その急な斜面を天秤棒を背負って水を運んでいる。

そして、干上がった畑にただひたすらに水をやっている。

水をかける、吸い込む、かける、吸い込む。

新藤監督によると、水をかけることは、「心に水をかけること」だという。

「耕して天に至る」

「乾いた土」

「限られた土地」

ちなみに、実際の宿祢島(すくねじま)は撮影当時も今も無人島である。

プロジェクトSというサイトに訪問記が載っている。

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瀬戸内海は花崗岩の土壌であり、土地がやせている。

だから田んぼが少ない。

白砂青松の美しさは厳しさの裏返しでもある。

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「Dr.コトー診療所」の与那国島

現在放送中のDr.コトー診療所2006の舞台は志木那島ということになっている。この志木那島は架空の島であり、ロケ地は沖縄県与那国島である。この与那国島は、日本列島の最西端に位置する国境の島であり、その周囲はほとんどが絶壁で、「そう易々とは島に着岸させない」と島が自ら宣言をしているようで、まさに黒潮の中の孤島といった印象である。大分前のことであるが、島の人達と夜の宴をしているときに、島の女性が「自給自足」と胸を張って話してくれた。まさに、与那国島は誇り高き島である。同じ八重山諸島の石垣島の人にその話をしたら、「与那国は国だ、まさに独立国だよ」と言っていた。ちなみに、地酒の泡盛には花酒と呼ばれるアルコール度60度の特産品があるが、この花酒には、舞冨名(まいふな)、与那国、そして”どなん”という3つの銘柄があり、この”どなん”は渡難(わたりがたし)という意味で、まさにコトー先生がいる島にふさわしい。今日、久しぶりに島のホームページを訪ねてみたが、最近の市町村合併の流れにも屈せずに今でも単独でいて、なんとも与那国らしい男気が感じられて嬉しくなった。

写真は、漁協のある久部良集落のはずれから撮影した西崎(いりざき)の写真であり、私が世紀越えイベントをこの島に提案しに行ったときに撮影した一枚である。

西と書いて「いり」と読むが、これは太陽が水面に「入(い)る」ことからそう呼ばれており、島の反対側、つまり東端は東崎(あがりざき)といい、こちらは太陽が水面から「上(あ)がる」ことからそう呼ばれている。与那国島については、Dr.コトー診療所のロケ地のことに加えて、島の歴史や文化などについて後日、もっと詳しくご紹介したいと思う。

Ynaguni

(島情報)

島には、北に祖内(そない)、西に久部良(くぶら)、南に比川(ひかわ)と3つの集落があり、祖内と比川はサトウキビ栽培、久部良はカジキマグロ漁が盛んである。

戦後の一時期は台湾とのバーター貿易で大いに栄えたことがある。

与那国は台湾から約110kmの至近距離にあり、ラジオをつけると台湾からの放送がはっきりと聞こえる。

近年は、日本最後の夕日や海底遺跡などが話題となり、ダイビングや釣りなどを目的にした観光客も増えているようである。

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ラストサムライのロケ地「九十九島」

映画「ラストサムライ」の冒頭のシーンで、日本を象徴する風景として映し出されたのは、長崎県の九十九島(くじゅうくしま)であった。

島の数は、実際には99ではなくて、208であるといわれている。そしてその密度は日本一である。

ちなみに、九十九というのは「たくさん」と言う意味があるらしい。

数字というのは不思議なもので、同じ数字が並ぶと、それだけで気分がよい。九十九島の写真は、こちら

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「ロスト・イン・トランスレーション」のロケ地、東京

2004年のアカデミー賞で脚本賞を受賞した「ロスト・イン・トランスレーション(ソフィア・コッポラ監督)」は東京の今を外国人の視点から描いた映画である。

そして、そこに映し出された東京は主人公の心象風景を写しているためか、どこか空ろな空間であった。

また、その風景は外国人の目を通しているために、風変わりな都市として描かれている。しかし、だからといって、嫌みなほど誇張して描いている訳でもなく、

「東京を外国人が眺めると、こんな風に映るのだろう。」と素直に感じた。

それから、マザーテレサが来日されたときの、

「豊かそうに見えるこの日本で、心の飢えはないのでしょうか? 誰からも必要とされず、誰からも愛されていないという心の貧しさ。 物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。 心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、 もっともっと貧しいことだと思います。 日本の皆さん、豊かさの中で、貧しさを忘れないでください」

という言葉を思い出した。

この映画の主人公の心象風景はおそらくはそんなふうであったに違いない。

さて一方、「ロスト・イン・トランスレーション」は、「東京はロケ地になりうる」ということを、世界の人々に印象づけた映画でもあった。新宿のネオン街、渋谷のスクランブル交差点、都庁前の選挙演説カーのシーンなど、東京の今が映し出されている。

ただし、東京でのロケ撮影、とりわけ渋谷のスクランブル交差点での撮影などは困難を極めたという。東京のロケ支援体制はまだこれからということだう。

ちなみに、日本の映画市場はアメリカに次いで世界で2番目に大きいので、最近のハリウッド映画も、何らかのかたちで日本を組み入れたいと考えているそうである。

「映画が街を変え、街が映画を変える」ということだろうか。

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都庁の展望室から眺め。

東京の都市圏は3,300万人で、世界最大

多様な文化が混在しているところが東京の魅力だと思う。

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「ロケーション撮影の日米比較2」

アメリカはハリウッドのロケーション撮影では、歩行者道路(歩道)も通行止めである。

だが、だれも文句一ついっていない。

映画に対する思い入れが違うだけではない。

映画産業を支える国の仕組みがそもそも違うということだろう。

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ハリウッドで撮影。歩道が片側、完全に通行止めになっていた。

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「ロケーション撮影の日米比較1」

ハリウッドでロケーション撮影の現場を偶然に見つけた。

様子が日本とは大分違っている。

自動車も交通規制をうけ、ロケーション撮影が優先である。

車の運転手からのクレームなどもないようで、撮影がスムーズに行われている。

さすがは、映画の都「ハリウッド」である。

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(ハリウッドで撮影)

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「男はつらいよ」の式根島

映画「男はつらいよ」の第36作「柴又より愛を込めて」で、タコ社長の娘(あけみ)と寅さんが旅をするのが伊豆諸島の式根島である。寅さんは島の小学校の教師である真知子先生(マドンナは栗原小巻)に恋をするのであるが、壺井栄の「二十四の瞳」に掛けたのか、島に帰郷する同窓生が11人でそれに寅さんが加わって12人という設定である。また、同小説のように真知子先生は自転車に乗っている。式根島は風光明媚な島で、その撮影は島の各所で行われている。写真は、撮影場所の一つとなった「地鉈(じなた)温泉」である。

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「硫黄島からの手紙」のロケ地

スタジオのオープンセットはどんな街にもなれるように、看板などはついていない。

すぐにどこかの街に早変わりというわけである。

どうしてもというシーンでなければ、スタジオで撮影した方がはるかに効率的である。

「硫黄島からの手紙」も「硫黄島で撮影したのは終わりの頃のシーンだけで、そのほとんどはアメリカで撮影された。」と人から聞いた。

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(写真は、ユニバーサルスタジオ。ファサードだけのセットである。)

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「二十四の瞳」の小豆島

小豆島は瀬戸内海で淡路島に次いで2番目に面積の大きな島で、面積は155.29k㎡、人口は34,572人(2004年シマダスによる)で、平和のシンボルである「オリーブ」でも知られている。

その小豆島(しょうどしま)に映画「二十四の瞳」(監督は朝間義隆)のロケで使われたオープンセットが残っている。

「二十四の瞳」は1954年に高峰秀子主演で映画になったが、残っているのは1987年に田中裕子主演の方のオープンセットで、撮影後に改築し二十四の瞳映画村として一般公開されているそうである。

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調べると、その映画村の近くに、「二十四の瞳」の舞台となった岬の分教場(苗羽(のうま)小学校田浦分校)がある。

明治35年(1902年)に田浦尋常小学校として建築され、昭和46年(1971年)に廃校となったが、今でも保存されているとのことである。

小豆島はまさに、「二十四の瞳」の舞台であるが、それも地域の人たちが保存してきた努力の賜物といえそうである。

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「男はつらいよ」ロケ地

映画「男はつらいよ」のロケ地は全国各地に及んでいるのであるが、そのロケ地を詳しく見てみると離島が多く含まれていることがわかる。

北からざっと挙げてみると、北海道の奥尻島(第26作)、新潟県の佐渡島(第31作)、東京都の式根島(第36作)、瀬戸内海の志々島(第46作)、同じく瀬戸内海の高見島(第46作)、長崎県は五島列島の福江島(第6作、第35作)、鹿児島県の奄美大島(第48作)、同じく鹿児島県の加計呂間島(第48作)、並びに沖縄島(第25作)と、北は北海道から南は沖縄まで、実に多彩である。

例えば、写真は加計呂間島のリリーの家。

この家は今もちゃんと残っていて、数年前にその近所を散歩したとき、その横丁から寅さんとリリーの笑い声が聞こえてくるようなな気がした。

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「星砂の島、私の島」の竹富島

映画「星砂の島、私の島」、副題は~アイランド・ドリーミン~」とある。

この映画のロケ地は竹富島であった。

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ちなみに、竹富島は沖縄らしい景観が残っているため、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

竹富島伝統的建造物群保存地区のページ参照)

赤瓦の屋根の上に「シーサー」があり、珊瑚でできた石垣の門の真ん中には、「ヒンブン」がある。これは、目隠しのためだけではなく、魔よけのためにもある。

また、集落の道には珊瑚の砂が敷かれていて、如何にも南の島という感じである。

そして竹富島は、映画の題名にあるとおり「星砂の島」でもあり、その「星砂」の形は美しい。

シマダス(2004年)によると、人口は279人であり、映画の台詞にあった300人とほぼ一致している。

単なるロケ地というより、島全体が舞台となっている。

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2007年4月 8日 (日)

映画「長い散歩」

緒形拳氏主演、奥田瑛二氏監督の「長い散歩」を映画館で見た。いい映画だったので、ぜひご覧いただければと思う。

映画のチラシをみると「人生は長い散歩。愛がなければ歩けない。」とあり、「名優・緒形拳が演じる初老の男・松太郎。彼は天使と出会い、旅に出る。しかし、社会はそれを誘拐事件とみなした・・・。」と続いている。

たしかに、誰もがあの行動を誘拐とは呼んでほしくはないだろう。映画を見終わって、「長い散歩」はぴったりのタイトルだと感じた。

さて、そこで散歩についてである。

広辞苑を引くと、散歩「気晴らしや健康のためにぶらぶら歩くこと」とある。確かに散歩にははっきりとした目標はないし、風の吹くまま気の向くままに、ただぶらぶらと歩けばよい。言い換えれば、散歩は何かの目的のための手段ではなく、別に何かを成し遂げる必要もなく、それ故に効率的である必要もないのが散歩だろう。

そして、だからこそ、散歩には意外な発見があるのではないか。そんな風に思っているから、私は「旅」の醍醐味は歩くに限ると思っている。どうも歩かなければ五感で感じることができないし、その速度がいいのである。

写真は、屋久島で何時間も足を棒にしてたどり着いた縄文杉。やはりこういった神憑ったものとの出会いは歩いて行かなければいけないのではないか。その荘厳さを感じるには、歩くことが必要ではないかと思う。

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ちなみに、これまで出会った映画や小説に「散歩先生」とあだ名で呼ばれる人が何人かいる。いずれも好人物である。

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ハリウッドのロケ地ツアー

ハリウッドスターの豪邸巡りは有名であるが、そのほかにも、ロスアンゼルスを舞台にしたロケ地を訪ねるツアーがある。

また、スタジオツアーもユニバーサルスタジオの他、ソニーピクチャーズスタジオ、NBCスタジオ、パラマウントスタジオなど、いくつものツアーが組まれている。

それに、ハリウッドミュージアムには、マリリンモンロー、エルビスプレスリー、ビビアンリーなどが実際に着た衣装が飾ってあったり、ロッキー(シルベスタ・スターローン)のグローブなども展示されている。

チャップリンのサインなども何気なくおいてあり、その内容の濃さにハリウッド映画の厚みを感じてしまう。

最近ものだと、「硫黄島からの手紙」の衣装(軍服)もあったし、「バベル」で菊池凛子さんが着た女子高生の制服までもある。

ちなみに、靴はハルタであった。

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写真はハリウッドミュージアム

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ハリウッドのスタジオ立地

ハリウッドの街を小高い丘から見下ろすと、ユニバーサルスタジオ、ワナーブラザーズスタジオ、ウォルトディズニースタジオ、並びにNBCスタジオなどが所狭しと建ち並んでいる。

わざわざここから遠く離れたロケ地に大金をかけて行かなくてもいい。

スタジオで撮影できるのなら、出来るだけここで撮影してしまおうというのはごく自然な考えである。

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(写真:ユニバーサルスタジオ)

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(写真:ビルの右側の三角屋根の建築群。右の方がワナーブラザーズスタジオ、左の方がウォルトディズニースタジオである。)

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(写真:茶色のビルの左にNBCスタジオが見える。)

ところが、このハリウッドでの撮影コストが高いことなどから、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどにスタジオを造って撮影するケースが増えているようである。

各国でロケーション撮影も含めた誘致が活発に行われていて、よい撮影環境が確保できるとなれば、撮影場所はその地でということになる。

ハリウッド側からすれば、空洞化が始まっていることになる。

アメリカの議会でも大きな問題として取り上げられているらしく、心中穏やかではないに違いない。

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「第3の男」と「アマデウス」のウィーン

「第三の男」も「アマデウス」もウィーンが舞台の映画である。

しかし、ロケ地は違っている。

「第三の男」の方は、第2次対戦後から間のないウィーンの街が舞台であり、ウィーンがそのままロケ地になっている。ウィーン市内の下水道、中央墓地、プラター遊園地の観覧車などがそのままロケ地になっている。

一方、「アマデウス」の方はというと、18世紀のウィーンが舞台の映画であるのだが、しかしロケ地はウィーンではなかった。ウィーンに18世紀当時の雰囲気が残っていなかったことから、チェコのプラハがロケ地になったという。

これは、「映画がロケ地ありきではない」ことを説明する好例の一つではないかと思う。

まずは面白い企画があって、魅力的なストーリーがあり、映像製作者はただそれにあったロケ地を探すだけのことである。

ロケ地のが側が、「我々の地域でどのような場所を撮りたいですか?」などど質問をしても、製作者の側からは「映画の企画にあった場所を探しているだけ」としかいいようがない。

ロケ地と製作者のすれ違いは、こんな具合で起こるのかもしれない。

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「ハリウッド市の生い立ち」

映画の都、ロスアンゼルスのハリウッドにいると、ロケーション撮影ということが、映画製作の一部分に過ぎないということを否応がに実感させられる。

この都にはありとあらゆる映画産業が集積していて、その裾の広さは街のレストランにまで及んでいる。

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(写真は有名な「ハリウッドサイン」、ハリウッド&ハイランドで撮影)

なぜこの土地が、世界的な映画の一大集積地になったのか。

調べると、意外にも禁酒が関係しているようである。

ハリウッドには禁酒主義の人が多く、ハリウッド市が最初に制定した条例が酒場の営業時間を制限したらしい。

1911年、ニュージャージーの映画会社が、この条例ですっかり寂れた酒場に目をつけた。そのひなびた感じが西部劇のロケ地にぴったりだったからだという。

そして、その翌年の1912年には、ユニバーサル映画の創設者であるカール・レムリがこの土地に事務所を構えた。

つまるところ、ハリウッドはもともと映画(西部劇)のロケ地であったのである。

また、この土地が雨に降らない過ごしやすい気候であることも大きいようである。

今では、アメリカのイメージそのものの、派手でユーモラスな看板で覆い尽くされた街並みも、約120年前には家が数軒しかなく豆畑とかレモンやオレンジなどの果樹園が広がっていたのである。

土地の人に写真を見せてもらったが、確かに一面にただただ畑が広がっていた。

とにもかくにも、この土地がハリウッドと名付けられたのは1887年のことだというから、ハリウッドの街はちょうどラスベガスのように忽然と出現したといっていい。

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「派手さ」とは何か、以前からうまく説明できないのだが、ここハリウッドにくれば「派手さ」とはこういうことであると肌で実感できる。
(写真はハリウッドの中心部で撮影)

(ハリウッド2に続く)

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ハリウッド「ウォーク・オブ・フェイム」

ウォーク・オブ・フェイムの歴史は長い。

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1953年に荒れ果てたハリウッドの街を活性化しようと、街の商店主たちが企画したという。このあたりは、日本の商店街活性化の発想となにも変わらない。

1960年から設置が始まり、はじめは1550人分の星形がつくられたらしい。

現在でも1年間に20人分ぐらいずつ増えているようで、今での成長を続けている。

延べで5kmの長さになるとガイドにはある。

新しい敷石が埋め込まれるときには、有名なスターが出席してのセレモニーが行われるというから、さすがはハリウッド、まさに地域ブランドというところだろう。

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華やかなまちおこしイベントが定期的に行われているということで、いまのところ、日本ではなかなかここまでできていない。

アメリカは建国200年と歴史の浅い国であるが、「映画については、どの国よりも歴史があるのだ。」と、この星々が誇らしげに語っているような感じがした。

このあたりが、映画に対するアメリカ人の思い入れの深さと関係があるのではないか。

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新宿高層ビルを綱渡りする幻のロケ撮影

以前、新宿の超高層ビル街で超高層ビルのてっぺんどうしをロープで繋いで、そのロープをスタントマンが綱渡りするという映画の撮影が企画された。

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しかしながら、撮影の許可は下りなかった。日本は今のところ、超高層ビルの綱渡りどころか、警察の道路使用許可すらなかなかおりないようである。

一方、海外では、爆発を起こしたり、カーチェースをしたりと、スタントマンの演技も半端ではない。

東京にいると超高層ビルの綱渡りも奇想天外な発想におもえるのだが、ハリウッドにいるとそれが普通に感じてしまう。まさに、所変われば品変わるである。

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ユニバーサルスタジオのウォーターワールドで撮影。

爆発の熱気が伝わってくる。

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ハリウッド「コダックシアター」

2001年の秋にオープンしたコダックシアターは、アカデミー賞授賞式の会場として知られてる。

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このコダックシアターの中に入った。

すると、エレガントな階段が目に飛び込んできた。テレビなどでなんども見た階段である。

しかし、この階段、ただの階段ではないようだ。

まさに建物の主役を演じていて、まるで銀幕のアクターのようである。

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コカコーラの瓶(最近はあまり見かけないが)のように腰のあたりがくびれていて、ハリウッドスターの衣装がそのまま階段になったような印象である。

子供の頃(30年位前だろうか)から、何度かハリウッドの街を訪れているが、昔はチャイニーズシアターがあったぐらいで、このあたりは、荒廃し治安が悪くて危ない所という記憶しかなかったのだが、随分と変わったものである。

調べると、やはり地道な「まちおこし」があったようで、このあたりは日本と少しも変わらない。

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「ローマの休日」と「カサブランカ」をからロケ地を考える

映画による観光振興のお手本といわれている映画がある。

「ローマの休日」(ウィリアム・ワイラー監督、1953年の作品)である。

オードリー・ヘプバーンがアイス(ジェラード)を手にする「スペイン広場」、子供のようにこわごわと手を入れた「真実の口」、グロゴリー・ペックの小型スクーターで走り抜けるコロシアム、カフェ・グレコ、コロンナ宮殿、パンテオン、それからトレヴィの泉など、ローマの至る所がロケ地になっている。

映画を見ている側からすると、あたかもローマ観光をしている感じである。

調べてみると、やはり深い訳があった。

映画「ローマの休日」は、マーシャルプランによって一時的にドルが凍結されたため、ドルをローマで使ってもらうために映画が製作された一面もあるようである。

ワイラー監督は製作にあたって、ローマですべてロケ撮影をすることを主張したという。

(ロケとスタジオを組み合わせて撮影するのが一般的であった。)

その結果、「ローマの休日」が公開された後、ローマの観光客は急増した。

そして、それ以降今日まで、「ローマの休日」は、ローマの観光資源になっている。

一方、映画「カサブランカ」(マイケル・カーティス監督、1942年の作品)は、第二次大戦におけるモロッコの首都カサブランカが舞台である。

こちらの撮影は、ロケではなく、その全てがハリウッドのスタジオで行われたという。

だから現在、カサブランカに観光に行っても、映画「カサブランカ」を感じることはほとんど出来ないそうである。

それにもかかわらず、映画「カサブランカ」に惹かれて、その地を訪れる人が絶えないというから、世紀を越えた名作映画の舞台であるということは、大きな魅力であるに違いない。

備考:マーシャルプランとは

1947年から始まったアメリカの欧州復興計画。第2次世界大戦で疲弊した西欧諸国の経済復興に大いに貢献した。全欧州を対象にしていたが、反共主義を前提とした。この計画の総援助額は約139億ドルに達したといい、その多くはイギリス、フランス、オランダ、西ドイツ、そしてイタリアの5カ国に供与された。ただ一方で、その援助額の約7割がアメリカの余剰農産物などの購入にあてられアメリカの輸出が拡大したようである。そのためにドルが一時凍結した。

参考資料:山村謙一著「ヨーロッパ映画の旅」

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2007年4月 7日 (土)

「ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT」

ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTという映画のカーチェースシーンのロケ地はロサンゼルス。

日本がドリフト発祥であり、ワイルドスピードの人気が日本で高いことなどから、本作品の舞台は日本になった。

渋谷のスクランブル交差点、首都高速道路などでのカーチェイスシーン。

日本では公道を封鎖して撮影することは認められていないので、ロサンゼルスのダウンダウンにアメリカ仕立ての看板などをセットして道路を完全に封鎖し、そこでカーチェースを撮影した。

それに、別途、東京で撮影しておいた映像を合成。

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2007年4月 6日 (金)

映画「約束の旅路」

東京は神田神保町の岩波ホールで映画「約束の旅路」という映画が上映されている。

エチオピアのユダヤ人をイスラエルに移送するという「モーセ作戦」の知られざる史実からうまれた話だという。

「張り裂けそうな悲しみ」というものが何か。

この映画を見れば言葉ではなく、それを何かを感じることが出来る。

映画にはいつまでも記憶に残っていて、何かのおりに思い出すものと、映画を鑑賞しているときには面白いのだが、なぜか記憶にほとんど残らないものがある。

「約束の旅路」は前者であった。

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2007年4月 5日 (木)

「スウィングガールズ」の山形弁

映画「スウィングガールズ」のロケ地は山形県である。エンドクレジットには、山形県、米沢市、長井市、高畠町、川西町、白鷹町、山形鉄道、米沢サティなどのロケーション協力が映っていた。

映画は、女子高生たちの青春ジャズ物語である。この映画のロケ地を山形県にした理由は、あまりジャズらしくなくて、暖かみがあり、可愛らしく聞こえる、そのほのぼのとした方言にあったと聞いた。

つまりは、言葉が決め手でロケ地が決まったということである。

そういえば、日本には多様な言葉がある。

沖縄の与那国島に行ったときは、地元の人たちだけで、泡盛片手にわいわいとやられると、何を話しているのかほとんど分からなくなったし、この「スウィングガールズ」が撮影された東北地方でも、特にまちの長老がそのままの方言で話をされると、やはりなかなか理解できない。

考えて見れば、風景というものは、その土地の言葉のニュアンスによって、随分と違って映るようだ。

例えば、沖縄の「ラジオ沖縄」は沖縄弁で放送しているのだが、タクシーやレンタカーで移動中にその放送が聞こえてくると、「ああ、沖縄だ。」などと、ついつい嬉しくなってしまう。

全国各地、再開発などによって同じような風景になってしまい、どうにも淋しい限りだが、せめて、「もう少し方言をふんだんに使ったラジオ放送などがあったらいいのに」と思っている。

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